カイタ

ねこプロ

№58 休学(『シュレッダー』に想う)

退職を前にした数日。職場のデスク周りの整理に追われた。溜まった書類を整理し、シュレッダーをかける。その間、退職を知った知り合いが、断続的に訪ねてきてくれた。書類整理の手を止めて、一人一人。こちらからは同じ説明をし、相手からはねぎらいの言葉な...
ねこプロ

№57 運動(村上春樹『1Q84』)

退職を前に、先輩からお昼ご飯に誘われた。秘書が付く立場まで上り詰めた人。職場の裏のビル。地下の料理屋の個室を予約したので、12時になったら来て下さい。数日前、秘書からそんなメールを受け取っていた。昨年後半、人事当局へ伝えた私の早期退職の意向...
ねこプロ

№56 内示の朝(『桜の花』に想う)

朝、通勤バスの中。窓から外を眺めていたら、こんな風景が目にとまった。背の高い男性と、小さな少女。交差点で信号待ちをしている。男性は、こちらに顔を向け、少女は背中ごし。ランドセルの肩紐を、両方、それぞれに握りしめ、斜めに男性を見上げ、何か会話...
ちちプロ

№55 退学(夏目漱石『草枕』)

仕事を終え、家に戻る。直前に帰っていた二男と、リビングで鉢合わせになった。モコモコとした、黒いダウンジャケットを着たままの二男。神妙な顔つき。帰ってきたばかりのところ、申し訳ないんだけど、と話し出す。何だ、何だ、今度は何があった。重大なこと...
ちちプロ

№54 巣立ちの春(『おにぎりと百均』に想う)

日曜日の朝。バナナを一本だけ食べて、直ぐに活動を開始した。休日も、短時間だけ、きまって早朝、まだ誰もいない職場に行く。管理職になってからの習慣となっている。一つには、週明けからの仕事の段取りを確認するため。また、一つには土日の新聞に目を通し...
ちちプロ

№53 茹で卵の作り方(『卵の薄皮』に想う)

休日のお昼過ぎ。たくさん茹でた卵。殻をむきながら考えた。こんなふうに、むつむつと文句も言わず、何年も家事を続けた主婦ほど、心の中で「熟年離婚」を考えたりしているのだろうな、と。夫の方は、定年後、妻とゆっくり旅行でもしよう。そう、ぼんやり考え...
ちちプロ

№52 レジリエンスと探し物(『合鍵』に想う)

朝、家族の、こんなLINEのやり取りに気がついた。鍵を無くして家に入れない。誰か開けて欲しい。それは前夜の午前零時頃。二男からのもの。夜更かしの長女から、呑気な「オッケー」のスタンプが返信されている。どうやら無事、家に入って今は寝ているよう...
ちえプロ

№51 光の中の細雪(トルストイ『光あるうち光の中を歩め』)

一日の仕事を終え、職場を出る。帰りのバス停へと向かう。この時期の、その時間帯。日は落ち、すっかり辺りは暗くなっている。微かに明るさの残る、深く濃い赤紫の曇り空。見上げると、ちらちらと細かい雪が降っている。風があるのだろう。早いテンポで雪片が...
ちえプロ

№50 指輪と七雪(新沼謙治『津軽恋女』に想う)

肌寒い朝。その日は、家を出るのが、少し遅くなってしまった。ちらちらと雪が舞っている。急ぎ足でいつものバス停へと向かう。歩きながら、財布をもって出たか、ハンカチはあるか。半ば無意識にポケットの上から触って確かめる。右の手袋をはめ、次に左をはめ...
ねこプロ

№49 かにとももとかめ(赤松利市『藻屑蟹』)

朝の出勤時。職場のある八階まで。朝だけは階段で登るようにしている。一応、健康維持のため。早朝の、その時間帯。外部委託の清掃員の人達も、階段の踊り場などを使いながら、作業をはじめる準備をしている。床を水拭きするためのモップを、ところどころ立て...