№110 秋天【その1】(チェット・ベイカー『枯葉』)

のりプロ

休日の朝。
暫くぶりに、よく晴れた。

随分と長い間、曇り空が続いた。
全国的には、激しい雨も降った。被害の出た地域も多い。

我が家では、長女が熱を出し、暫く寝込んでいた。
食事の都度、うどんや果物などを、お盆に乗せて、長女の部屋まで運ぶ、ということを繰り返してきた。

この朝は、ようやく、元気が出てきた様子。
熱も下がった。

暫くぶりに、ちょっと一息ついた気分。

マンションのダイニングテーブルに、ノートパソコンを持ち出した。
そして、こうして文章を考えている。

少し、頭を整理したいことがあったからだ。

見渡す窓の向こうには、青空の下に、秋の街並みが広がっている。

今、手掛けている仕事の方は、相変わらず難しい状況が続いている。
法律問題と、お金の問題が絡んで、思うように、進まない。

ただ、週末まで、やれることはやった。
休日は、鬱々とせず、別のことを考えた方がよい。

まずは、そんなふうに、自分に言い聞かせる。

仕事に追われていたこの数か月、停滞している問題があった。
それは、住む人がいなくなった、母親の実家の、旧家の行く末について。

その後の経緯を、順を追って、思い出してみることにした。

昨年の夏、その家に、一人暮らしていた叔母が、亡くなった。
大きな屋敷と、広い庭、そして周りを囲む田畑が残された。

相続人は、叔母の一人娘の、Hさんだけ。
私は、仕事として、叔母の相続に関する手続きを、手伝わせてもらうことにした。

一つには、手掛けはじめたビジネスの流れを勉強したい、という理由。
同時に、その旧家の行く末に、心を痛めていたからでもあった。

その場所は、私にとって、子供の頃の、かけがえのない記憶につながっている。

夏休みや冬休み、毎度、遠くから親戚たちが集まった。
叔父さんや叔母さん、同年代のいとこたち。
にぎやかで、楽しかった時間、空間。

そんな屋敷と、広い庭が、今は、訪ねるたびに、荒れていく。
それを見るのが忍びなかった。

東京に出ていったHさんには、長女、二女、長男と、三人の子供がいる。

呑気なHさんは、その旧家にまつわる諸々を考えるのが面倒になると、あとは長男が、やりたいようにするでしょう、というようなことを言った。

しかし、急に後を託されても大変だろう。
せめて、可能な限り、客観的な資料を作ってあげたい。

例えば、たまに見かける親戚の中に(住んでいる土地を呼び名に入れて)どこどこのおじさんと、呼ばれる人がいたりする。

しかし、その人が、誰とどんな血縁関係なのか、自分では、よく分かっていない、ということがあったりする。
(同時に、詳しい人たちは、一人、また一人と亡くなっている・・・)

この際、戸籍から、その旧家に関わる人たちの、関係図を作っておこうと考えた。

土地についても、対応が必要だろうと考えた。
屋敷の周り、数キロの中に、所有する土地が点在している。

Hさん自身、それぞれの土地が、どこからどこまでか、正確には分かっていないだろう。

図面が必要だ。
法務局から、公図を取り寄せる方法がある。

蛍光ペンでマーキングでもして、Hさんたちに渡しておけば、必要になったとき(誰かが売って欲しいと言ってきたりした時に)あたりを付けられて助かるはずだ。

振り返ってみれば、そうして動き始めたのが、2月の頃。

まずは、法務局へ、公図を取りに行った。

公図で確認できる土地の形と、地番、それからネット上の衛星写真などから、一つ一つ見比べて、場所を特定していった。

新たな発見もあった。
いくつか地目が山林となっている土地があることに気が付いた。

大きな山林の区画の中に、いかにも人為的な、長方形の小さな土地があった。
地目を見れば、「墓地」となっている。

そういえば、叔母たちの会話の中に、時々「旧墓」(きゅうはか)という表現が出てきた。
きっと、その場所に違いない。

農地と、山林を相続した場合は、それぞれ役場の、別のセクションに届け出る必要がある。

3月の末、天気の良い日を見計らって、I市へ向かった。

まず、地元の、士業の代理人の事務所へ寄った。
Hさんが、相続登記をお願いした先生である。

付近の様子を聞きたいと考えたのだ。
仮に、土地を処分するとして、買い手はあるものなのか。

途中、菓子折りも買っていった。

昨年は、「コメ不足」で大騒ぎした。
広い農地を所有していながら、耕すでもなく、人に貸すでもなく、宙ぶらりんにしている状況が、気になっていた。

なにしろ、叔父さん叔母さんご自慢の、本当においしいお米が、毎年とれた田んぼなのだ。

事務所のカウンター越しに、熱を込めて説明したのだが(お菓子も渡したのだが)、先生の反応は薄かった。素っ気なかった。
こんなことを言った。

どこにお住まいか知らないが、農村の厳しい状況を知らなすぎる。
あの土地を買う人なんていないだろう・・・

役所の窓口へ回った。
農地と、山林と、それぞれの窓口を訪ねた。

郵送でも可能だったが、わざわざ足を運んだのは、現場の情報がつかめるだろうと、期待したからだった。

もしかしたら、拡大を続けている、農業法人が、近くにあるのではないか。
評判の良い法人なら、役場でも付き合いがあるはずだ。

窓口では、丁寧に対応してくれた。
しかし、期待したような収穫は、何も得られなかった。

(山林の届け出については、実は、法定の期限を過ぎてしまっていたのだが、お咎めもなく、手続き自体は、それぞれ無事終了した。)

予定した仕事自体は、ちゃんとこなした。
しかし、どうにも行き詰まった気分。

せめて、屋敷の様子を確かめてから、帰ろうと考えた。
何かトラブルがあるようなら、Hさんに伝える必要がある。

公道から、屋敷に通じる細い農道へと入っていった。
敷地の中から不規則に伸びている枝や、雑草を気にしながら、庭まで、ゆっくり車を進めた。

屋敷に、変化はなかった。
(ガラスが割れたりしてないか、少し心配だったのだ。)

庭の井戸だけが、どぼどぼと、水を吐き出し続けていた。

荒れた庭を眺めながら、手掛かりが無くなったな、ということを、ぼんやり考えた。

しょうがない。今日は、帰ろう。
また、車に乗り込んだ。

屋敷の敷地から、農道の方へ、後ろ髪を引かれる気分で(実際に振り返りながら)ゆっくり車を進めた。

その時。
ふと、あることに気が付いた。

(「その2」へつづく)

2026年9月某日

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