休日の朝。
暫くぶりに、よく晴れた。
随分と長い間、曇り空が続いた。
全国的には、激しい雨も降った。被害の出た地域も多い。
我が家では、長女が熱を出し、暫く寝込んでいた。
食事の都度、うどんや果物などを、お盆に乗せて、長女の部屋まで運ぶ、ということを繰り返してきた。
この朝は、ようやく、元気が出てきた様子。
熱も下がった。
暫くぶりに、ちょっと一息ついた気分。
マンションのダイニングテーブルに、ノートパソコンを持ち出した。
そして、こうして文章を考えている。
少し、頭を整理したいことがあったからだ。
見渡す窓の向こうには、青空の下に、秋の街並みが広がっている。
今、手掛けている仕事の方は、相変わらず難しい状況が続いている。
法律問題と、お金の問題が絡んで、思うように、進まない。
ただ、週末まで、やれることはやった。
休日は、鬱々とせず、別のことを考えた方がよい。
まずは、そんなふうに、自分に言い聞かせる。
仕事に追われていたこの数か月、停滞している問題があった。
それは、住む人がいなくなった、母親の実家の、旧家の行く末について。
その後の経緯を、順を追って、思い出してみることにした。
昨年の夏、その家に、一人暮らしていた叔母が、亡くなった。
大きな屋敷と、広い庭、そして周りを囲む田畑が残された。
相続人は、叔母の一人娘の、Hさんだけ。
私は、仕事として、叔母の相続に関する手続きを、手伝わせてもらうことにした。
一つには、手掛けはじめたビジネスの流れを勉強したい、という理由。
同時に、その旧家の行く末に、心を痛めていたからでもあった。
その場所は、私にとって、子供の頃の、かけがえのない記憶につながっている。
夏休みや冬休み、毎度、遠くから親戚たちが集まった。
叔父さんや叔母さん、同年代のいとこたち。
にぎやかで、楽しかった時間、空間。
そんな屋敷と、広い庭が、今は、訪ねるたびに、荒れていく。
それを見るのが忍びなかった。
東京に出ていったHさんには、長女、二女、長男と、三人の子供がいる。
呑気なHさんは、その旧家にまつわる諸々を考えるのが面倒になると、あとは長男が、やりたいようにするでしょう、というようなことを言った。
しかし、急に後を託されても大変だろう。
せめて、可能な限り、客観的な資料を作ってあげたい。
例えば、たまに見かける親戚の中に(住んでいる土地を呼び名に入れて)どこどこのおじさんと、呼ばれる人がいたりする。
しかし、その人が、誰とどんな血縁関係なのか、自分では、よく分かっていない、ということがあったりする。
(同時に、詳しい人たちは、一人、また一人と亡くなっている・・・)
この際、戸籍から、その旧家に関わる人たちの、関係図を作っておこうと考えた。
土地についても、対応が必要だろうと考えた。
屋敷の周り、数キロの中に、所有する土地が点在している。
Hさん自身、それぞれの土地が、どこからどこまでか、正確には分かっていないだろう。
図面が必要だ。
法務局から、公図を取り寄せる方法がある。
蛍光ペンでマーキングでもして、Hさんたちに渡しておけば、必要になったとき(誰かが売って欲しいと言ってきたりした時に)あたりを付けられて助かるはずだ。
振り返ってみれば、そうして動き始めたのが、2月の頃。
まずは、法務局へ、公図を取りに行った。
公図で確認できる土地の形と、地番、それからネット上の衛星写真などから、一つ一つ見比べて、場所を特定していった。
新たな発見もあった。
いくつか地目が山林となっている土地があることに気が付いた。
大きな山林の区画の中に、いかにも人為的な、長方形の小さな土地があった。
地目を見れば、「墓地」となっている。
そういえば、叔母たちの会話の中に、時々「旧墓」(きゅうはか)という表現が出てきた。
きっと、その場所に違いない。
農地と、山林を相続した場合は、それぞれ役場の、別のセクションに届け出る必要がある。
3月の末、天気の良い日を見計らって、I市へ向かった。
まず、地元の、士業の代理人の事務所へ寄った。
Hさんが、相続登記をお願いした先生である。
付近の様子を聞きたいと考えたのだ。
仮に、土地を処分するとして、買い手はあるものなのか。
途中、菓子折りも買っていった。
昨年は、「コメ不足」で大騒ぎした。
広い農地を所有していながら、耕すでもなく、人に貸すでもなく、宙ぶらりんにしている状況が、気になっていた。
なにしろ、叔父さん叔母さんご自慢の、本当においしいお米が、毎年とれた田んぼなのだ。
事務所のカウンター越しに、熱を込めて説明したのだが(お菓子も渡したのだが)、先生の反応は薄かった。素っ気なかった。
こんなことを言った。
どこにお住まいか知らないが、農村の厳しい状況を知らなすぎる。
あの土地を買う人なんていないだろう・・・
役所の窓口へ回った。
農地と、山林と、それぞれの窓口を訪ねた。
郵送でも可能だったが、わざわざ足を運んだのは、現場の情報がつかめるだろうと、期待したからだった。
もしかしたら、拡大を続けている、農業法人が、近くにあるのではないか。
評判の良い法人なら、役場でも付き合いがあるはずだ。
窓口では、丁寧に対応してくれた。
しかし、期待したような収穫は、何も得られなかった。
(山林の届け出については、実は、法定の期限を過ぎてしまっていたのだが、お咎めもなく、手続き自体は、それぞれ無事終了した。)
予定した仕事自体は、ちゃんとこなした。
しかし、どうにも行き詰まった気分。
せめて、屋敷の様子を確かめてから、帰ろうと考えた。
何かトラブルがあるようなら、Hさんに伝える必要がある。
公道から、屋敷に通じる細い農道へと入っていった。
敷地の中から不規則に伸びている枝や、雑草を気にしながら、庭まで、ゆっくり車を進めた。
屋敷に、変化はなかった。
(ガラスが割れたりしてないか、少し心配だったのだ。)
庭の井戸だけが、どぼどぼと、水を吐き出し続けていた。
荒れた庭を眺めながら、手掛かりが無くなったな、ということを、ぼんやり考えた。
しょうがない。今日は、帰ろう。
また、車に乗り込んだ。
屋敷の敷地から、農道の方へ、後ろ髪を引かれる気分で(実際に振り返りながら)ゆっくり車を進めた。
その時。
ふと、あることに気が付いた。
(「その2」へつづく)
2026年9月某日
