深夜の、人気(ひとけ)のない、総合病院。
どこかの扉が閉まっているだろう、と考えながら、正面の入り口から中へ進んでいくと、内側の自動ドアも開いて、そのまま、がらんとしたホールの中に入ってしまった。
照明は、落ちている。
見れば、向こうの、総合受付には、灯りがついていた。
守衛さんらしき男性が一人、座っている。
一直線に近付いて、二男の名前を告げた。
暫く、パソコンの画面に目を落とした後、ああ、確かに、運ばれてきてますね、と顔を上げ、次に、私が向かうべき、廊下の奥の、窓口を教えてくれた。
(どうやら、詐欺では無かったようだ・・・)
教えられた通りに、暗い廊下を奥へ進む。
まったく人の気配はない。
やがて正面に、左側の部屋の方から、廊下に、明かりが射している一角が見えてきた。
左手の明かりに向かって並んだ椅子に、女性と子供、二人だけが、座っていた。
ふと見れば、手前の女性は、車椅子に座っている。
すぐ奥の椅子に、寄り添うように少年が座っている。
二人は、私の方をチラリと見てから、また正面の、処置室らしき部屋の方へ視線をもどした。
他に人影はなかった。
看護師さんの姿すらない。
私は、その明かりが漏れる部屋の中へ、そのまま入ってみることにした。
ようやく奥で、立ち働いている看護師さんを見つけた。
私に気付いて、振り向いた。
「あっ、もしかして、〇〇さんの、お父さん?」
それだけ言った後、外の椅子で、もう少し待っていてほしい、と促した。
切迫感はない様子。
或いは、二男は、それほど深刻な事態ではない、ということなのだろうか。
いやいや、気を緩めない方がよい。
我々にとっての非日常も、そのまま併存しているのが、つまりは「病院」という場所なのだ。
処置室の外に出て、椅子に座った。
あまり離れたくは無かったから、いきおい、少年達と、微妙に近い場所になった。
静かすぎる時間が流れた。
近くに座る少年が、段々、不憫になってきた。
飴とか、お菓子とか、ポケットに入れて、持ってくればよかった。
声をかけ、何かあげて、気分を紛らわしてあげたいように思った。
なにしろ、母親らしき女性と、ささやき合うことすら、まったく無いのだ。
二人とも、ずっと無言。
車椅子の女性は、太っていて、茶色の、ぼさぼさの長い髪。
目が合った時には、人の良さそうな表情にも見えた。
しかし、どこか、知的な障害があるらしくもあった。
少年の方は、小学校の高学年か、或いは中学生くらい。
優しげで、しっかりとした顔付き。
『ヤングケアラー』という言葉が、思い浮かんだ。
一人に出来ない母親を連れて、他の誰かの付き添いのために、こんな時間に、救急外来まで、来る羽目になったのではないか・・・
後から、二男に聞いたところでは、その夜、他に、中年の男性が、担ぎ込まれたらしい。
嘔吐を繰り返し、ひどい状態だったようだ。
二男の状況を確認した後、医師や、看護師は、その男性の方を優先したという。
私にとっては、永遠にも思えるような時間が過ぎた。
(長かったのか、短かったのか。実際、1時間弱だったようだ。)
看護師さんから、中に入るように促された。
背中を追っていくと、看護師さんは、手前のカーテンを開けて「あっ、間違えた」と言って直ぐ閉めた。瞬間、私は、こんなことを考えた。
えっ、こんな老けた見た目になるまで、衰弱したの?
(そのベッドで、静かに目を閉じていたのは、少年のお父さんだったらしい。)
もう少し奥の、簡易なベッドに、二男がいた。
看護師さんが開けてくれたカーテンから入ると、二男は、こちらに足を向け、向こうが頭、という状況で仰向けになっていた。
それが二男だと、私の脳が認識するまで、時間がかかった。
変な丸眼鏡だな、とぼんやり考えていた。普段はコンタクトなのだ。
直ぐに感じの良い、若い医師が、カーテンの中に入ってきて、二男の左横に立った。
右横に立つ私に向かって、説明を始めた。
医師は、二男の左膝を、直角に持ち上げて、手を放し、今は、この状態を自分でキープできるまで戻ったが、運ばれてきたときは、力が入らなかったのだ、ということを言った。
すぐ脳を検査した。異常は見られなかった。出血は無かった。
本人によると、この数日、ダイエットをしていたらしい。食生活が乱れていた。
血液検査の結果、カリウムが不足していることが分かった。
点滴をした。飲み薬も出す。今日は帰って大丈夫。
二日後、また検査にきてほしい。よく食べること。
そんな説明に、気が緩み、内心、本当は、ちょっと泣けてきた。
医師や、看護師さんにお礼を言い、車椅子を借りて二男を乗せ、処置室を出た。
座り続ける少年達が気になったが、勿論、私には、どうすることもできなかった。
(先ほど見た感じでは、男性も、落ち着いた様子ではあった。)
二男の車椅子を押し、その場を離れた。
正面の受付まで戻り、手続きや、薬を受け取ったりしているうちに、二男も、自分で歩き始めた。
外に出ると、夜が明けていた。
少し「あさぼらけ」を期待していた。
しかし、残念ながら、雨交じりの、曇り空だった。
二男は、口の方は、ずっと元気だった。
車の移動中、二人でおしゃべりを続けた。
週末まで、仕事を休むことにして、そのまま私の家まで、二男をつれて戻った。
その後、実家で、野菜やら果物やら、なるべく多くの種類を食べさせて、二日後の検査にあわせて、私がまた、送り届けた。
ただ、これで一件落着、笑い話、という訳ではなさそうなのだ。
検査の結果、他の疾患からくる麻痺症状の可能性が、見つかっている。
引き続き、検査をすることになっている。
いずれ、何らかの『脆弱性』があって、麻痺の症状が出たのだろう。
それらと今後、どう付き合っていくか、ということかもしれない。
いずれにせよ、文豪だとか、芸術家だとか、そうした偉人ならぬ、我々庶民にとっては、こうやって『現実活動』の日常が、続いていく。
二男にせよ、私にせよ、与えられた自分のゴールにたどりつくその日まで、進んで行くしかないのだ。
時々、ぼんやり、そんなことを考えながら、今は、その後の日々を過ごしている。
2026年10月某日
