№5 「あの頃の猪木」と空襲

雑文

昨年、アントニオ猪木さんが亡くなった。
NHKの深夜の番組で死の直前の様子を放送していた。
80年代のプロレスブームのとき、中学生だった私も夢中でテレビ中継を見ていた。
猪木さんはその後、政治家としても活動。タレント的に時折テレビで取り上げられていた。
面白くはあったが、浅薄な印象も否めなかった。

しかし、闘病生活の様子は、まさにプロレスラー時代を彷彿とさせる迫力だった。
まさにあの頃の猪木そのもの。
病気と闘っている姿を敢えてファンにさらし、自分の闘志をかき立てていた。

そのうち、かつてのプロレスファンとしては、ふと、もう近くにいる理学療法士さんと戦っても負けちゃうんだろうな、ということを思ってしまった。
そして段々不思議な気持ちがしてきた。

本来、格闘技に限らずアスリートは恵まれた身体的な強さがあってこそ。
他者を制して結果を出すからこそ、自信も湧いてくるのだと思う。
翻って最後の猪木さんはどうか。
肝心の体力自体が日に日に失われている。
さらに直面しているのは最終的には誰にも乗り越えられない「死」なのだ。

先般、沿岸部の地方都市で一人暮らしを続ける義父を久しぶりに子供達と訪ねた。
今年の四月で87歳。
何かしら認知症が進んでいるものと覚悟して、毎度会話をはじめる。
体の衰えは進んでいるものの、口は達者で、やや乱暴な口調やユーモアは相変わらず。
子供達も引き込まれて楽しそうに会話している。元気な様子に少しほっとする。

そのうち、長男が卒業旅行で台湾に行ってきた話しとなった。
義父は危ないから台湾には二度と近づいてはいけないと、不思議と熱を込めて主張しはじめた。
はじめは何か勘違いしているのだろうと思って適当に話しを合わせていたが、次第に今の国際情勢を十分に踏まえた意見であることが分かってきた。
先の大戦のさなか、その港湾都市で実際に空襲を受け、恐ろしい思いをし、逃げ惑った経験をもつ自分の忠告をよく聞いて欲しい。
そんな表現で、孫達に気持ちを伝えようとしていた。

確かに今の世界の不安定さや、中国との関係を考えれば、急に何が起こってもおかしくはない。
何ら想像を働かせることもなく、呑気に送り出した私の方が少し甘かったかもしれない。

義父は、こうして一人地方の片隅で暮らしながらも世界の動きを理解し、家族を想い自分なりの哲学のもとで、人生の最晩年を過ごしている。

ふと猪木さんから受けた印象とつながった。
遜色がないのではないか。

そもそも他の人と何も比べていないのだ。
その潔さ。
自分は自分。他人は他人。
しかし、大事なものは大事なもの。

猪木さんの最後の闘いのパラドックスを理解する鍵もそんなところにあるのではないか。
義父の家から帰る道すがらそんな事をずっと考えていた。

2023年5月某日

 

 

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