№44 サンタと入試面接(『クリスマス』に想う)

ちちプロ

ひと月ほど前の土曜日の早朝。
ふと気が付くと、廊下の奥のドアの前に、長女がぬっと立っていた。
ボサボサの長い髪。
今、起きたばかりなのだろう。

なぜだか満面の笑みである。
こちらを見たまま、動かない。
つい、声が出た。
「何だ、何だ。どうした、どうした?」

長女は、静かな笑顔のまま。ポツリと一言。
「きんちょーするー」

今日は、大学入試の面接日なのだ。

軽く朝食をとらせ、車で送る。
列車でもひと駅先。近い。

その駅裏に、数年前に建設された看護系の単科大学である。
私大だが、家から通えるなら、経済的には、かなり助かる。
地方での子育ては、この時期が切ない。
一人暮らしを仕送りで支えるとなると、それは相当に覚悟がいる話しになる。

学校推薦を経てのもの。優劣を付けるための面接ではない。
高校で、丁寧に指導もしてくれている。堂々と受け答えすれば良いだけ。
そう何度も説明してはいる。

しかし、長女はかなりの緊張感。
早めに近くまで行ってから、コンビニの駐車場で、しばらく時間調整。
少し早いけど、そろそろ行こうか、という私に長女は、
「あと、もうちょっとだけ。」

それでも。
昼前には、一連のスケジュールが終わり、連絡を受けて迎えに行く。
車に乗り込んできた長女は、さばさばとした雰囲気。
水を向ければ、元気に説明もしはじめる。

他の人より自分は大分、長かった。面接官は、女性と男性の二人。
おじさんとのやり取りが長かった・・・

話しが弾んだようだ。
男性の面接官が、会話を引っ張りたくなった様子。
高校三年間これまで休まず、皆勤賞だったということを誉められもしたらしい。
毎朝、弁当を作り、送り出したかいもあったというものだ。

12月に入り、街には、赤を基調としたポスターやチラシが目に付くようになった。

クリスマス。
一つ思い出がある。

毎年イブの夜、我が家の三人の子供達の枕元には、サンタさんからプレゼントが届いた。
妻が亡くなった後も、それは変わらなかった。

長女が小学生の頃、こんなことがあった。

長女を含む女子のグループと、男子のグループとで、サンタさんがいる、いないで言い合いになったのだ。
女の子たちは信じている側。

現に毎年イブの夜、自分しか知らないはずの、希望通りのプレゼントが枕元に届くではないか。
女子みんなで、男子たちをやっつけてやった、というような長女の口ぶり。
夕飯どき、憤慨して、私に報告してくれたのである。

長男と二男も近くにいたが、そこには何も口をはさまなかった。

どうしたものか。
少し、心が痛んだ。

しかし、一方で。
目に浮かぶ、近所の女の子たちの顔。
そうか、よかった。みんな随分と大事にされているのだな。
そんな、ほっこりとした気持ちにもなったのだ。

確か、長男が、高校一年生になったタイミングだったと思う。
子供達もそれぞれ大きくなった。
流石にそろそろ。

12月に入り、けりを付けるつもりで、まず長男に、こんな一言で気持ちを確かめた。

まだ、サンタさんは、来た方が良いのか?

すると、全てを察した上で、長男は、瞬間ぱっと笑顔になって「うん」と頷いたのである。

「えっ?」

そんな良い笑顔をされてしまっては、致し方ない。
すっきりさせるタイミングを、逃してしまったのである。

その後、現在に至るまで、微妙なことになっている。

クリスマスの朝。
三人の子供達は、今も、枕元にプレゼントを見つける。
しかし、長女は、私にお礼を言うことも出来ず、ちょっと複雑な顔、つまり無表情で起きてくる。
あるいは昔の男子との口げんかを、毎度、苦々しく思い出しているのかもしれない。

大体にして、女子高生になった今、何をもらって喜ぶのか。毎年、悩ましい。

「今年はサンタさんに何をお願いしたの?」
欲しいおもちゃ、更にはその好みの色まで、それとなく聞き出すヒアリングのテクニック。
今は勿論、使えない。

ようやく一つ、思いついてはいる。
今年、長女には、サンタさんから、ムツゴロウさんのエッセイ集が届けば良いと考えている。

ムツさんの、純子さんという奥さん。
波瀾万丈のムツさんの人生に、最後まで変わらず寄り添ったとてつもなく凄い人なのだ。

陰の主人公だと思っている。

夫婦が寄り添って、人生を作っていく過程。
そんな事を読み取れるような本だと良いが、と考えている。
それは私たちが、近くで見せてあげられなかった部分だから。

サンタさんはいるか、いないのか問題。
私の答えはこうである。

サンタさんは「存在」している。

クリスマスイブの夜中、世界中で、なんと多くの大人たちが、或いは眠い目をこすりこすり、子供にそっとプレゼントを届けるという行動をとることか。
それは、サンタさんの愛のエネルギーに洗脳されて、指示を受けて、逆らえず、突き動かされてのものなのだ。

そんな巨大なエネルギー。
発信源が、無いわけがない。
サンタさんは、いる、いない、ではなく「存在」として確かに「ある」のだ。

コントロールする大人が近くにいない場合。
もしかしたら、御大(おんたい)自ら、直接プレゼントを運ぶことだって、今でもたまにはあるかもしれない。
可能性を、完全に否定できた人だって、いないのだ。

女の子たちよ、昔、言い争いをした男子たちの顔を、後ろめたい気持ちで思い出す必要はない。
サンタさんというエネルギーは、確かに存在しているのだから。

12月に入って直ぐの月曜日。
私のところに、少し早いクリスマスプレゼントが届いた。

長女の試験の発表日だった。
私のスマホに届いた、拙いLINEの一文。

「合格してた」

そこには、キャラクターが派手なピースサインをしている大きなスタンプ、同じもの二つが添えられていた。

どうやら長女のところには、冬をとばして春が来たようだ。

2024年12月某日