ひと月ほど前の土曜日の早朝。
ふと気が付くと、廊下の奥のドアの前に、長女がぬっと立っていた。
ボサボサの長い髪。
今、起きたばかりなのだろう。
なぜだか満面の笑みである。
こちらを見たまま、動かない。
つい、声が出た。
「何だ、何だ。どうした、どうした?」
長女は、静かな笑顔のまま。ポツリと一言。
「きんちょーするー」
今日は、大学入試の面接日なのだ。
軽く朝食をとらせ、車で送る。
列車でもひと駅先。近い。
その駅裏に、数年前に建設された看護系の単科大学である。
私大だが、家から通えるなら、経済的には、かなり助かる。
地方での子育ては、この時期が切ない。
一人暮らしを仕送りで支えるとなると、それは相当に覚悟がいる話しになる。
学校推薦を経てのもの。優劣を付けるための面接ではない。
高校で、丁寧に指導もしてくれている。堂々と受け答えすれば良いだけ。
そう何度も説明してはいる。
しかし、長女はかなりの緊張感。
早めに近くまで行ってから、コンビニの駐車場で、しばらく時間調整。
少し早いけど、そろそろ行こうか、という私に長女は、
「あと、もうちょっとだけ。」
それでも。
昼前には、一連のスケジュールが終わり、連絡を受けて迎えに行く。
車に乗り込んできた長女は、さばさばとした雰囲気。
水を向ければ、元気に説明もしはじめる。
他の人より自分は大分、長かった。面接官は、女性と男性の二人。
おじさんとのやり取りが長かった・・・
話しが弾んだようだ。
男性の面接官が、会話を引っ張りたくなった様子。
高校三年間これまで休まず、皆勤賞だったということを誉められもしたらしい。
毎朝、弁当を作り、送り出したかいもあったというものだ。
12月に入り、街には、赤を基調としたポスターやチラシが目に付くようになった。
クリスマス。
一つ思い出がある。
毎年イブの夜、我が家の三人の子供達の枕元には、サンタさんからプレゼントが届いた。
妻が亡くなった後も、それは変わらなかった。
長女が小学生の頃、こんなことがあった。
長女を含む女子のグループと、男子のグループとで、サンタさんがいる、いないで言い合いになったのだ。
女の子たちは信じている側。
現に毎年イブの夜、自分しか知らないはずの、希望通りのプレゼントが枕元に届くではないか。
女子みんなで、男子たちをやっつけてやった、というような長女の口ぶり。
夕飯どき、憤慨して、私に報告してくれたのである。
長男と二男も近くにいたが、そこには何も口をはさまなかった。
どうしたものか。
少し、心が痛んだ。
しかし、一方で。
目に浮かぶ、近所の女の子たちの顔。
そうか、よかった。みんな随分と大事にされているのだな。
そんな、ほっこりとした気持ちにもなったのだ。
確か、長男が、高校一年生になったタイミングだったと思う。
子供達もそれぞれ大きくなった。
流石にそろそろ。
12月に入り、けりを付けるつもりで、まず長男に、こんな一言で気持ちを確かめた。
まだ、サンタさんは、来た方が良いのか?
すると、全てを察した上で、長男は、瞬間ぱっと笑顔になって「うん」と頷いたのである。
「えっ?」
そんな良い笑顔をされてしまっては、致し方ない。
すっきりさせるタイミングを、逃してしまったのである。
その後、現在に至るまで、微妙なことになっている。
クリスマスの朝。
三人の子供達は、今も、枕元にプレゼントを見つける。
しかし、長女は、私にお礼を言うことも出来ず、ちょっと複雑な顔、つまり無表情で起きてくる。
あるいは昔の男子との口げんかを、毎度、苦々しく思い出しているのかもしれない。
大体にして、女子高生になった今、何をもらって喜ぶのか。毎年、悩ましい。
「今年はサンタさんに何をお願いしたの?」
欲しいおもちゃ、更にはその好みの色まで、それとなく聞き出すヒアリングのテクニック。
今は勿論、使えない。
ようやく一つ、思いついてはいる。
今年、長女には、サンタさんから、ムツゴロウさんのエッセイ集が届けば良いと考えている。
ムツさんの、純子さんという奥さん。
波瀾万丈のムツさんの人生に、最後まで変わらず寄り添ったとてつもなく凄い人なのだ。
陰の主人公だと思っている。
夫婦が寄り添って、人生を作っていく過程。
そんな事を読み取れるような本だと良いが、と考えている。
それは私たちが、近くで見せてあげられなかった部分だから。
サンタさんはいるか、いないのか問題。
私の答えはこうである。
サンタさんは「存在」している。
クリスマスイブの夜中、世界中で、なんと多くの大人たちが、或いは眠い目をこすりこすり、子供にそっとプレゼントを届けるという行動をとることか。
それは、サンタさんの愛のエネルギーに洗脳されて、指示を受けて、逆らえず、突き動かされてのものなのだ。
そんな巨大なエネルギー。
発信源が、無いわけがない。
サンタさんは、いる、いない、ではなく「存在」として確かに「ある」のだ。
コントロールする大人が近くにいない場合。
もしかしたら、御大(おんたい)自ら、直接プレゼントを運ぶことだって、今でもたまにはあるかもしれない。
可能性を、完全に否定できた人だって、いないのだ。
女の子たちよ、昔、言い争いをした男子たちの顔を、後ろめたい気持ちで思い出す必要はない。
サンタさんというエネルギーは、確かに存在しているのだから。
12月に入って直ぐの月曜日。
私のところに、少し早いクリスマスプレゼントが届いた。
長女の試験の発表日だった。
私のスマホに届いた、拙いLINEの一文。
「合格してた」
そこには、キャラクターが派手なピースサインをしている大きなスタンプ、同じもの二つが添えられていた。
どうやら長女のところには、冬をとばして春が来たようだ。
2024年12月某日