NHKの「おかあさんといっしょ」の、今月の歌だった「ぼよよん行進曲」。
私の、子育て時代の曲、である。
暫くぶりに、思い出した。
深夜、目が覚めて、寝床の中で聞いていた、ラジオがきっかけで。
昭和の作曲家、山本直純さんの特集をやっていた。
「歌えバンバン」という曲があるが、これも、山本さんの作曲らしい。
同じように、元気が出る歌といえば「ぼよよん行進曲」だな、と思い出したのだ。
山本直純さんの仕事も、たどって行くと、昭和が次々に蘇る。
自分の思い出にも重なる。改めて、調べてみよう、と考えている。
とりあえず、ここで書きたいのは、「ぼよよん行進曲」の不思議さについて、なのだ。
例えば「歌えバンバン」なら、こっそり口ずさんでみると、今も、するすると歌える。
ぴったり音程がとれる。元気も出てくる。
子供向けの歌なのだから、当たり前と言えば当たり前、なのかもしれない。
ところが、この「ぼよよん行進曲」。
同じように、サビの歌詞やメロディーが記憶に残っていて、思い出すと、口ずさみたくなるのだが、実際、歌ってみると、毎度、どうにも上手くいかない。
段々、音程が外れてくる。すっきりしない。
どうして、子供(幼児?)向けの歌なのに、こんな微妙なメロディーラインになっているのだろう。
ずっと不思議だったのだ。
ネットで、調べてみた。
「ぼよよん行進曲」は、2006年(平成18年)4月の「今月の歌」として発表された。
「今井ゆうぞう」おにいさんと、「はいだしょうこ」おねえさんの時代。
今井さんは、2020年(令和2年)に、病気のため、43歳の若さで急逝している。
しょうこおねえさんの方は、2008年(平成20年)に「おかあさんといっしょ」を卒業した後も、歌手・タレントとして活動を続けている。
私のところは、丁度その、2006年の秋に、長女が生まれた。
だから、「ぼよよん行進曲」が発表された4月は、保育園児の長男と二男の二人を、妻と一緒に、にぎやかに子育てをしていた頃、ということになる。
どんな たいへんな ことがおきたって
きみのあしの その したには
とても とても じょうぶな
「ばね」がついてるんだぜ(しってた?)
当時、その歌詞は、我が家のちびっ子二人に重なって、沁みた。
その後、2012年(平成24年)、小さな三人の子供を残し、妻が亡くなってしまった。
「おかあさんといっしょ」卒業後も、民放のバラエティー番組などで、時々しょうこおねえさんを見かけた。ユニークな振り付けと一緒に、「ぼよよん行進曲」を歌っているときもあった。
番組の中では、おねえさんの、とぼけたキャラクターが強調されて、面白おかしい曲という雰囲気で、取上げられたりしていた。
そんな時、私は「本当は、大騒ぎするような曲じゃないんだけどな」などと思って見ていた。
同時に、おねえさんが、私の子育てを、こっそり応援してくれているように、思ったりした。
今般、久しぶりに、おねえさんの歌が聴きたくなった。
きっと、公式動画があるだろうと、探してみた。
しかし、中々、思うようなものが見つからない。
なぜか、中西圭三さんが、小さなイベント会場で歌っているような動画ばかりが出てくる。
なるほど。
そういえば、シンガーソングライターの、中西圭三さんが作った曲、だったかもしれない。
中西圭三さんといえば、何と言っても「Woman」が好きだった。
或いは、今の人達になら、「Choo Choo TRAIN」を作曲した人だと説明した方が、早いかもしれない。
「ぼよよん行進曲」も、だから、あんな風に、耳に残るけれども、歌ってみると、ちょっと難しいメロディーラインになった、ということ、なのだろう。
「作詞作曲、中西圭三」と一口に説明されてしまうことも多いが、作詞のクレジットを良く見ると、実は、「作詞:中西圭三、田角有里」となっている。
「おかあさんといっしょ」の世界観に寄せるうえで、この田角(たずみ)さんが、きっと、重要な仕事をしたと思う。
なのに、どうしても中西さんだけを、(私もこうして)クローズアップしてしまう。
ちょっと忍びない。
田角(たずみ)さんは、その後、どんな仕事をした人なのだろう。
気になって、調べてみた。
すると、何と、2007年(平成19年)に、中西圭三さんと結婚した、という。
「ぼよよん行進曲」が縁で。
その歌詞は、本当に、話し合いながら、二人で一気につくりあげたらしい。
きっと、その作業は、二人が、人生をどう捉えているのか、或いは、未来をどう見ているのか、そんな根本のところが、重なった瞬間でもあったと思う。
なるほど。
ぼよよんと、肩の力を抜いて、それでもあきらめず、前へ前へと歩いていれば、いつか、自分が思う目的地に、たどり着けるもの、なのかも、しれない。
2026年6月某日
