№71 縄文(『合掌土偶』に想う)

ねこプロ

車中泊の夜が明け、朝から活動を開始した。

まず、市内の古い図書館へ向かった。
歴史のある図書館だった。場所を変えながら、150年も続いているという。
もっとも、現在の建物自体は、数十年前に立てられたもの。
有名な建築家の作品である。

事件があった時などに、テレビのニュースで、映像として使われる警視庁本部庁舎ビル。
通称「桜田門」。こちらも同じ、建築家の作品なのだ。

無事、早朝、人通りの少ない時間帯に、図書館の周囲ぐるり、写真に収めることが出来た。

次は、少し郊外へ出て、博物館へ回る段取りにしていた。

昨日、街をうろついていた際、駅の構内で、偶然、ある像を見つけた。
駅の東西を結ぶ、自由通路の途中で、そのデザインが目を引いた。

「これ、これ。探していたやつ」

体育座りをしている人の像。子どもくらいの大きさ。
お祈りをするように、胸の前で、両手の指を組み合わせたポーズ。
アニメに出てきそうな、ユーモラスなたらこくちびる。素っ頓狂な表情。

数日前に、その街の下調べをしていた際、ネットにその像の写真が出てきた。
ネットには、詳しい説明はなかった。

その時、私は、てっきり現代アートの芸術家が、作ったのだろうと理解した。
街角の彫刻として、ブログで紹介するには、少し前衛的過ぎるかも、と思ったほどだった。

設置場所を示す、公園の名前だけは表示されていた。
今回は、少し遠すぎるので、寄るのは難しいだろう、とあきらめていた。

外に設置されていたはずなのに、どうして、駅の中に、こんな無造作に置いてあるのだろう。
説明のプレートを読んで、全てが腑に落ちた。

復興を祈念して制作した像である。
国宝の「合掌土偶(がっしょうどぐう)」のレプリカとして・・・

思えば、以前、ニュースで見たことがあった。両手を合わせ、お祈りしているような土偶が発見されて、そして国宝となっている。そんな内容のニュースを。

ネットで見かけた公園の像も、その駅の像も、レプリカだったのだ。
アバンギャルド過ぎるように見えたそのデザイン。
その実、3500年も前に作られたもの、だったわけだ。

今朝方、車中泊開けの、車の中で、タブレットを使って続きを調べた。

縄文文化のアウトラインとともに、その「合掌土偶」の本物が、そう遠くない博物館で展示されていることがわかった。そこだけは、ぜひとも、今日、行ってみよう、と考えたのだ。

重要文化財の中で、特に価値の高いものが、国宝に指定される。
土偶の中で、国宝となっているのは、全国に5体あるだけ。
「合掌土偶」はそのうちの、貴重な1体だったのだ。

ほどなく博物館へ着く。
入館料わずかに250円。空いている。

国宝の「合掌土偶」以外にも、多くの重要文化財があり、目を引いた。
土偶の意味するところについて、実は、ほとんどのことが、よく分かっていない。

ミニチュアの瓶(かめ)などもある。よく出来ている。
小さな、瓶や皿が、一式揃っている。かわいい。

必ず、作者がいるはずだ。
どんなことを考えながら、作ったのだろう。

儀式に使うため、という説が有力ではある。

しかし、作っているとき、そこには「楽しさ」や「面白さ」もあったのではないか。
それは、今の私達と、そう変わらない感情だったのではないか。

国宝の「合掌土偶」だけは、一つ、専用の部屋が割り当てられ、学芸員の監視もある。

しかし、例えば東京の企画展などで、押し合いへし合いしながら、ちらりと眺めるだけ、というのとは違い、好きなだけ、眺めることができる。

レプリカは、大抵、大きめに作ってある。しかし、実物は、高さ20㎝ほど。
暗い部屋。効果的なライティングで、荘厳な演出。

この演出を差し引いたとしても、その価値は、誰の心にも、十分に染みると思う。
それは、考古学的な貴重さなどに止まらない、何か、迫ってくるものだ。

外観を真似て、大きく作ったレプリカでさえ「芸術性」といった面でも、遠く及ばない。
例えば、本物には、女性器まで表現されているのだ。

息を詰めて、しばらく、居合わせた数名で眺めた。
おばあさんが、つくづく「わたし、会いに来たのよ」とつぶやいていた。

1階で休憩していると、実物大の合掌土偶のレプリカが置いてあるコーナーに目が留まった。
見学に来た小学生などが、さわって体感できるように、という意図らしい。

周りには、誰もいなかった。
持ち上げてみた。

ダウンタウンの浜ちゃんの似顔絵のような、たらこくちびる。
作者は、何を思って、このデザインにしたのだろう。

根底にあったのは、敬虔な気持ちだったかもしれない。
一方で、もしかしたら、怖い女性リーダーを模して作り上げた後、同僚に見せたかもしれない。
同僚は、「ぷぷっ、にてる」と思わず笑ったかもしれない・・・

さわってみて、というレプリカの粘土人形。
多少乱暴に扱われることも想定されているはず。
左腕を持って、上下に少し、ゆすってみた。

思ったより、ずしりとした手応え。
一瞬、時を越え、とてつもない回線が、私にまで繋がっているような、そんな感覚が走った。

3500年。
つくづく不思議な「時間」に思えた。
「長い」というだけでは、どうにも言い足りない。

なぜなら2階に本物がある、この土偶にとって、それは本当に、過ぎ去った時間、なのだから。

2025年6月某日

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