今夜は、新しい職場の歓迎会だった。
各セクションの幹部を集めた飲み会。
私も、迎えられる側の一人。
顔馴染みも多かった。数年ぶりに、一緒に仕事をする仲間達。
気分よく酔った。
少し遅くなって家に帰ると、テレビのロードショーで、ボヘミアン・ラプソディをやっていた。
ついつい途中から見始めた。
フレディ・マーキュリーが、自分がゲイであることを、妻に告白するシーンから。
なぜ、こうも切ないのか。
妻役の女優さんが、魅力的な雰囲気を醸し出している分、余計に辛い。
分かり合い、信頼しあっているのに、もう決して結ばれる事のない関係性への移行。
形を変えた、ある種の悲恋物語。
例えば、住んでいる世界の階層が、突然変わってしまって、会えなくなったような状況。
少なくとも、妻の側から見たら、そんな感じなのではないか。
男女の関係性としては、もはや永遠に、かみ合わないのだから。
上の階に住んでいることは気配で分かる。
しかし、行き来できる階段が、急になくなってしまった。
考えてみれば、そもそも人の心の中も、これとそう大差ない、閉ざされた世界、かもしれない。
心の中で、あれこれと、一人思い悩んでいるとき。
心の地平の上で、人は決して他の誰かに出会うことはない。
自分の心の中にいるのは、常に自分だけ。
一人ひとりの心は、行き来できない、別の階の住人。
私はこれが、不思議でしょうがない。
どうして、他の人の、心のつぶやきと、混線が起こらないのだろう。
他人の心の声と交わることのない、私の中の、この心の声。
本当は、どこから響いているのだろう。
ボヘミアン・ラプソディを見たのは二回目なのだが、改めて、ラストシーンに印象を受けた。
「伝説のチャンピオン」を歌う場面に。
私にも、一つ、環境の変化があったからなのかもしれない。
新しい仲間と共に、私の人生も、また、どこかへ向かって進もうとしている。
We Are The Champions
若者のはやり言葉で、自分が気に入った状況など、何でもかんでも強調して、ほめたりしたい時に使う表現がある。
私の娘も時々使う。例えばこんな感じになる。
「凄くいいね。全員優勝」
私たちは、心の中でひとりぼっちな分、他の誰かと、何かしらつながっている気分を、大事にしたいのかもしれない。
2023年4月某日
