事務所として使っている一軒家。
玄関横に、『南天』(なんてん)の木がある。
亡くなった、私の両親が、植えたものだ。
南天は、庭木によく使われる、常緑の低木樹。
我が家でも、人の背丈くらいまで、細い幹が、密集して、立ち上がっている。
この形状を、「株立ち」というらしい。
枝の先にだけ、涼やかな、三つ叉の葉を、沢山つけている。
平らな、綺麗な葉。和食の添え物として、よく使われたりもする。
特徴的なのは、冬の、小さく丸い、赤い実。
昔、庭先で、母親が、こんなことを言っていた。
「これは『南天』っていうの。冬になると、赤い、かわいい実をつけんのよ。」
数日前、その南天の周りを、何日も、同じハチが、飛び回っていたことがあった。
ミツバチより一回り大きな、ずんぐりとした体躯。ブーンと、重低音の羽音。
きっと、くまんばち(クマバチ)だろうと考えて、刺激しないよう、そっとしていた。
二匹になる時もあったが、それ以上の騒ぎにはならず、いつしか姿を見せなくなった。
南天の株は、小さな竹藪のような、さっぱりとした風情。
虫を呼び寄せるような、華やかな雰囲気とは無縁。
どうして、そのハチが、周りを飛び続けるのか、不思議だった。
羽音が、しなくなった頃、ようやく気が付いた。
目を凝らさないと分からないほどに、小さな花が、沢山咲いていたことに。
解剖学者の、養老孟司さん。
昔、『バカの壁』という新書が、流行った。
昨年、父親の書斎で、その新書を見つけた。
開いてみると、ところどころ、鉛筆で、傍線が引いてあった。
父親が、なるほど、と思った箇所だろう。
『物事は言葉で説明してわかることばかりではない。』
『日本には、何かを「わかっている」のと雑多な知識が沢山ある、というのが別のものだということがわからない人が多すぎる。』
先般の日曜日の午後、ふと付けたテレビで、養老孟司さんの、特別番組をやっていた。
何となく、ダイニングテーブルの椅子に、浅く腰掛けて、見始めた。
養老さんも、もう90歳近い、という。昭和12年(1937年)生れ。
私の亡くなった父親と、どうやら同学年、だったようだ。
ガンが見つかった後の、養老さんの日常に、1年程、密着した番組だった。
ディレクターが、自宅などにも入り込み、小さなカメラで追いかけた。
病院の診察を待つ間、廊下のベンチで、養老さんが、ディレクターに語るシーンになった。
こんな主旨のことを、話していた。
『今更ながらに、生きるとは何かって、考えてしまう。90近くなると、もう自分だけの命ではなくなっている。家族や周りの人との関係性の中で生きている。自分だけなら(治療を続けなくたって)もう、良いようなものなのだ。』
『問題は、最近の自分の記憶が残っていないということ。忘れてしまう。書いた物やなんかは残っていて、確かに自分はこんなことを言った、ということは、分かる。』
『同じような問題は、昔からあって、古代ギリシャの「テセウスの船」っていう話しがある。英雄テセウスが乗った船を、その後の人達は大事にのこしておくんだけど、古くなった部品は交換するから、やがて、すべて置き換わる。それでも、テセウスが乗った船って、言えるのかって話し。』
静かな、病院の廊下で、養老さんが、今の自分の悩みを、そんなふうに語った直後、カメラを向ける、若い女性ディレクターが、急に、こんな質問を、ぶち込んだ。
「養老先生にとって、生きがいって、何ですか?」
若い女性の大胆さか。
よくぞそんな、まっすぐな緩い球を、このタイミングで投げ込めたものだ。
近づく自分の死を前提に、自問している人に向かって「おじいちゃん、何を楽しみに生きてるの?」と、聞いているのだ。
まさに、ブラック・ユーモア。
流石に、養老先生も、少し、むっとしてから、それでも(直接の答えにはならない)こんな感じのことを、返事していた。
『だから、青臭いっていうか・・・・、考えてこなかった部分(生きるということ?)を、今から考え始めても、どうにもならんだろうっても思うし・・・』
その後、番組の中で、医師から、薬が良く効いて、ガンがごく小さくなったことが告げられた。
さすがに先生も、ほっとしたようだった。
年を越え、番組の最後は、春先の(先生が昔から大好きな)昆虫採集の様子になった。
田舎へ出かけ、子供なども含め、数十人の関係者と、昆虫を探す企画らしい。
養老先生は、斜面の土を、小さなツルハシのような道具で、軽く掘り始めた。
すると、土の中から、丸まった「ハチ」が、一匹、コロリと出てきた。
越冬していたのだろう。
みつかっちゃったね、と先生も嬉しそう。
「マルハナバチって、可愛いですよね」と女性スタッフが、先生に話しかけている。
その画面をみて、気が付いた。
そうか。
私のところの、南天の周りを飛び回っていたあのハチは、この「マルハナバチ」だったのか。
クマバチよりも小さく、お尻の周りまで、モフモフとした毛に覆われたハチ。
まるで、小さな小さな、ぬいぐるみのようなハチ。
調べて見れば、マルハナバチは、自分から人を攻撃することのない、気の良いハチらしい。
ついでに、南天の花について。
これまで、冬以外の季節、南天の木に、目を向けることは、あまりなかった。
記憶をたどれば、確かに初夏の頃、米粒のような、或いは、小さなポン菓子のような白い粒が、枝先に、なんだか沢山ついているな、と思うようなことはあった。
それが、南天の花だったのだ。
正確には、米のような白い粒は、花が開く前の蕾。
そこから、6枚の花びらが開いて、花になっていくのだ。
マルハナバチのおかげで、奇跡のように小さな、その花に、ようやく気付くことが出来た。
養老先生の番組の、最後のシーン。
大好きな、昆虫採集を終え、さっぱりとした様子の先生。
自筆のメモ書きとともに、番組に、こんなことを語っていた。
『今は、木々の緑を見ても、得したような気分になる。変わらず、昆虫は好き。しかし、気持ちは、少し変ってきた。昔は、珍しい昆虫を見つけたいと思っていた。今は、どんな昆虫でも、眺めると嬉しい。そして、ああ、こいつも生きてるんだな、と思う。』
案外、女性ディレクターの、ど直球のボールを、ちゃんと打ち返してくれたのかもしれない。
養老先生が「バカの壁」を世に出したのは、2003年(平成5年)。
東大を、57歳で早期退官した、少し後。
この本の中では、人が幸せに生きていくためには、一言論的世界観を超えて、多元的に考えていくべきだ、というような結論になっている。
「バカの壁」から、数十年後。
番組を見る限り、先生は、「テセウスの船」を持ち出したりして、時に、思い惑ってもいる様子。
養老先生と、私の年の差は、丁度、30歳。
(私と、父親の年の差が、30歳なので。)
この、30年のタイムラグ。
私の道は、この先、どこまで、続いているのだろう。
気付ば、窓の外は、西日に照らされている。
急いで、帰らないと。
長女が、夕飯を待っている。
もう一度、南天の枝先に、まだ少し残る、白い花を眺めてから、帰るとしよう。
そう思いつくと、ちょっと楽しい。
「新しい知識」を得た喜びと、「生命を感じる」喜びと。
私も、ここで陳腐な結論を急ぐなら、そんなことが、確かに「生きがい」ということ、なのかもしれない。
2026年7月某日
