夕方、車を運転していた時のこと。
付けたFMラジオから、ソニー・ロリンズの曲が流れてきた。
最近亡くなった、という話しは聞いていた。
きっと、追悼番組、なのだろう。
昔、ジャズを聴き始めた頃、始めに好きになったのは、そのテナーサックス奏者の、ソニー・ロリンズだった。名盤と言われる「サキソフォーン・コロッサス」も、繰り返し聞いた。
しかし、その熱は、長くは続かなかった。
好みは、同じくテナーサックスの巨人、ジョン・コルトレーンの方に向かった。
暗く、ダイナミックな、コルトレーンの音に比べ、ロリンズの明るさが、当時、少し物足りないように感じ出したのだ。
そのFMラジオの番組。
パーソナリティが、個人的に、辛いときに聞いてきたという曲を紹介した。
ロリンズらしい音。聞いたことがない曲だった。
後日、気になって事務所のデスクで、ネットで探してみた。
パソコンの検索窓に、とりあえず、ロリンズの名前だけを打ち込んだ。
沢山の曲が、ヒットした。
青いバックに、黒いシルエット。
「サキソフォーン・コロッサス」のレコードジャケットの画像が、真っ先にアップされた。
まずは、代表曲の「セント・トーマス」。
その公式動画には、様々な国の言葉で、沢山のコメントが添えられていた。
つい「日本語に翻訳」のボタンを押してしまった。
感謝のコメントが、続いていた。
ふと見ると、サイドバーに表示されている、お勧め動画の方も、日本語に翻訳されていた。
曲名が、いちいち奇妙な邦題に変わっている。
例えば、アート・ブレーキーの、顔写真に添えられた曲名。
「うめき声」となっている。きっと「モーニン」なのだろう。
「サキソフォーン・コロッサス」の写真も、また出ている。
別の曲なのだろうが、こちらも変な日本語に訳されている。
何とタイトルが、「死去」となっている。
こんな邦題に翻訳されそうな曲があっただろうか。
不思議に思って、クリックすると、聞き覚えのある、メロディーが流れてきた。
思えば、セント・トーマス以上に、好きだった曲。
それは、「Moritato(モリタート)」だった。
さらに調べて見ると、その由来はこうだった。
そもそも「Mritato」はドイツ語だったのだ。
中世から近世にかけて、ドイツの大道芸人が歌い継いだ、殺人事件や、残酷な出来事を題材にした歌。それを指す言葉が「モリタート」だったのだ。
手回しオルガンなどの伴奏に合わせて、陰惨なニュースを歌詞にして、歌い聞かせるスタイルだったようだ。当時の、大衆娯楽だったらしい。
有名なのが、1928年(昭和3年)初演の、音楽劇「三文オペラ」の冒頭を飾る、「メッキー・メッサーのモリタート(Die Moritat von Mackie Messer)」。
それは、この劇の主人公の、メッキー・メッサーの悪行や、犯罪歴を淡々と語る内容の歌なのだ。
この劇中歌が、やがてアメリカに渡った。
主人公の名前も、メッキー(Mackie)からマック(Mack)に変化し、「マック・ザ・ナイフ(Mack the Knife)」という曲名で、大ヒット。
ジャズのスタンダードとなり、日本でも、「匕首マック(あいくちマック)」や「匕首マッキー」の邦題で広まった。
昔、ロリンズの演奏を、ただ楽しく聞いていた。
しかし、実は、こんな陰惨な背景のある曲だったわけだ。
つくづく、なんとなく知っていることの、その奥に、急に深みがあったりするのだな、と思う。
今年(2026年)5月、ロリンズは、ニューヨーク州ウッドストックの自宅で死去した。
95歳だった。
思えば、私の叔母も、昨年、同じような年齢で、亡くなった(享年96)。
叔母が一人暮らしてきた、I市の家。
今、一人娘のHさんが、その相続手続を進めている。
不動産の登記については、間を置かず、地元の、古くから付き合いのある代理人に頼んで、済ませたらしい。それは、それで良かった。
しかし、Hさんは、それで全て終わりのつもりでいる気配。
あんなに農地等を抱えていて、それだけで、諸般の手続きが終わりとは思えない。
先般、状況を伝え、私も、仕事として、絡ませてもらうことにした。
仕事上の代理人の立場と、親類の立場を上手く使い分けながら、状況を整理してあげたいと思っている。Hさんというより、その後、相続人となる、子供達のために。
Hさん自身、自分が相続した、先祖代々の土地が、どこからどこまでか、おそらくはっきりとは分かっていないと思う。離れた位置にポツンと残る、土地などもあるはずなのだ。
まずは、法務局で公図を取って、現地で突き合わせてみる必要があると思っている。
図面のコピーにマーキングでもして、残しておけば、後の人が楽だろう。
呑気なHさんは良くても、次の代に、何人かで手続をすることになる、Hさんの子供達が、とたんに困る、と思うから。
と、そんなことを、考えている。
YouTubeをしばらく探していたら。
ようやく、ラジオで聞いた曲を見つけた。
タイトルは「The Everywhere Calypso」だった。
聞いているうち、本当に死んじゃったんだな、と悲しくなってきた。
しかし、すぐ、何だか元気が出てきて、楽しくなってきた。
そういう曲なのだ。
ロリンズが作曲したこの曲を、他の人達が演奏している動画も、沢山あった。
皆、とても楽しそうに演奏している。
幾つか動画をあさっていたら、ユニセフのコマーシャル動画が、強制的に流れてきた。
中東の少女が、瓦礫の街の中の、自分の家を、カメラに向かって明るく紹介していた。
これが私の家です、これが私の部屋。ドアは壊れちゃったけど天井が残ってくれてよかった。
窓からの眺めが最高なの。
リボンなどで、少しでもかわいらしく見えるように、部屋を飾り付けているのがわかる。
眺めが最高という窓からは、瓦礫の町並みが見えている。
少女らしく、お気に入りの部分を、紹介してくれている。
ユーチューバーごっこのようなものかもしれない。
彼女が楽しげな分、こちらは余計、見ていて辛い。
映像のねらいは、良く分かった。降参。また、募金します。
丁度、数日前、父親あてで、募金を促す手紙が、届いていたから、それを使おう。
ユニセフのCMから開放されて、無意識にまた、ロリンズの演奏を聞いていた。
つくづく、楽しい曲だ。
きっとこれから、何度も何度も、聞くことになるだろう。
例えば、私がまた1万円ほど、ユニセフに募金したとして。
その後、少しの間、良いことをした気分になって心が軽くなるだろう。
しかし、根本が解決するわけではないから、結局また、辛くなる。
波のように、行ったり来たり。
それにしても、ロリンズは、いい仕事を残してくれた。
おかげで、この「どこでもカリプソ」(本当にこの邦題でいいの?)を聞けば、少し先までは、楽しい気持ちで、人生を進むことができる。
そういえば、さらに数日後、そのラジオの追悼番組を「聞き逃し配信」で聞くことが出来た。
番組のラストが、ちょっと感動的だった。
80歳になったロリンズの日本公演の、最後の様子。
セント・トーマスのメロディーを短く演奏した後、ロリンズ自身が、一生懸命、片言の日本語で、こう言っていたのだ。
『アリがとー、ゴ、ザイます。どうも、どうも。ありがとー、ご、ザイます。どうも。どうも。』
ロリンズよ、こちらこそ、本当にありがとう。
2026年6月某日
