退職を前にした数日。
職場のデスク周りの整理に追われた。
溜まった書類を整理し、シュレッダーをかける。
その間、退職を知った知り合いが、断続的に訪ねてきてくれた。
書類整理の手を止めて、一人一人。
こちらからは同じ説明をし、相手からはねぎらいの言葉などを受けた。
内示を知って、今後の私の身の振り方を聞きたくなるその気持ち。よく分かる。
はたして彼ら、彼女らにとって腑に落ちる説明が出来ただろうか。
押し迫ったある朝、早い時間帯。
Sさんが私の職場に入ってきた。
せかせかとした足取り。私のデスクへ近付いてくる。
いつもの笑顔に「びっくりしたよ。どうするつもりなの?」と書いてある。
Sさんは、大学法人の事務局へ出向している方。昔馴染みの先輩。
他の人達と同様に、まずは、私の経緯を説明する。
加えて、Sさんには、私の方から切実な相談があったのだ。
大学四年の私の二男が、単位を取り損ね、卒業できなくなっている。その問題。
Sさんは、二男の通っている大学の幹部なのである。
地元のその大学事務局には、他にも、何人か知り合いがいた。
数日前、単位取得などの事務を所管している部署の知り合いに、私の方からメールを出した。
昔、私の部下だった彼女。今、その部署で管理職の立場になっている。
彼女に、二男と練った、こんな作戦についてアドバイスを求めたのである。
就職し、大学の方は、一旦、休学する。
今年度の後期、復学し、働きながら週に一日、或いは半日だけ大学へ通う。
後期の履修で、何とか卒業に必要な単位をとる、という作戦。
同時に、二男から、就職先の方へ相談もしていた。
人事採用セクションとしては、こんな見解だった。
大学を卒業できていない状態でも、就業して構わない。正式な採用となる。
ただし、新採用職員は、年度の前半に、1か月程度の研修が必修。その期間は休めない。
そこを過ぎれば、休暇取得は可能だろう。
その先は、実際に配属される職場での、相談になってくるが・・・
大学事務局の彼女からは、すぐにメールの返信を受けていた。
確かに2単位、足りないようである。前期か、後期、1科目取得すれば卒業要件は満たすことになるだろう。そんなアドバイスだった。
一通り、経緯をSさんに説明した。
Sさんは、へーそんなことになってたの、と話しを引き取って、自分の職場へと戻っていった。
私は、再び書類整理へ。
大量に出てくる、シュレッダーをかけなければならない書類。
参考資料や、念のためにと手元に残した書類。
問題事案の経緯をまとめた内部資料や、協議資料などなど。
膨大なエネルギーをかけて作った資料が、最後には、膨大な手間をかけてシュレッダーで終わることとなる。
高性能のシュレッダーである。バリバリとリズミカルに大量の書類を吸い込んでいく。
独立した後、個人で、こんなシュレッダーを事務所に置ける日が、いつかくるのだろうか・・・
気になって、ネットで検索してみると、家庭用の売れ筋は1万円程度の様子。
それ位なら手は届く。しかし、ビジネス用としての実用性はどうなのか。
昔、亡くなった妻が、手動のシュレッダーを買ってきたことがあった。
鉛筆削り器のように、ハンドルを回して刻むタイプ。
「見て。見て」と買ってきて直ぐ、一つ、レシートを刻んで見せてくれた。
見覚えのある安価なそのシュレッダー。今も、ネットで、売れ筋ランキングの上位にいた。
しかし、妻がその後くるくるやっていた姿は一度も見たことがない。
きっと、労力と、得られる結果の量が、見合わなかったのだ。
ランキングの中に、一つだけ、「シュレッダーはさみ」というものが入っていた。目を引いた。
なるほど。
私がこれから個人事業主として小さくビジネスを始めるとして。
廃棄する書類を、力任せに、全部切り刻もうとするよりも、ポイントだけ、はさみを入れるようなことを考える方が理にかなっているのではないか。
例えば、名前や、電場番号。或いは金額やQRコードなど。
重要な部分だけ、はさみを入れて廃棄する。
きっと、そんな発想の方が、コスパやタイパ。そんな「なんとかパ」に見合ってくるのだ・・・
夕方、早速、Sさんから電話があった。
事務局のスタッフに確認した。
申請に対して、「休学を認める」という事務手続を、ちゃんと進めている。
日割りの学費が発生したりしないように、内部処理しているからそこは心配しなくてよい。
少し、ほっとした。
こうした人と人とのつながり、縁。
退職した後も、何か活かすことを考えるべきなのかもしれない。
しかし、これまでのような、全力の関わり方とは自ずと違ってくる。
どんな関わり方が良いのだろうか。
値段と見比べて、段々シュレッダーの規格のサイズダウンを考えるのではなく、いっそ、はさみの方が良いのではないか、と切り替えるようなこと。
人脈の活かし方、関わり方も、そんな発想の転換にヒントがあるのかもしれない。
バリバリと、シュレッダーに大量の書類を吸い込ませながら、暫くそんなことを考え続けていた。
2025年3月某日