NHKの、朝の連続テレビ小説「あんぱん」。
9月で半年間の放送を終えた。
アンパンマンの作者、やなせたかしさんの妻、暢(のぶ)さんを主役にした物語。
柳井 のぶ(やない のぶ)を今田 美桜さん、柳井 嵩(やない たかし)を北村 匠海さんが演じた。
ドラマを見る習慣は無かったのだが、この話しだけは、とうとう最後まで見通した。
この春、早期退職し、時間の融通が利くようになったということもある。
春から大学生になった長女に、朝食を食べさせる朝のルーティンに、丁度かみ合ったという事情もある。
しかし、ついつい見続けたのは、何より、面白かったからだ。
今年は、戦後八十年の節目。
また暑い夏になった。
毎朝見る、戦中・戦後の場面には、改めて、考えさせられるものがあった。
NHKの発表によると、平均の視聴UB数(ユニークブラウザ数)は、歴代の大河なども含め、ドラマの中で最高だったという。
「UB数」とは、ウェブサイトを訪れたブラウザの数、つまり視聴した端末の数のことである。
全130回の中で、最もUB数が高かったのは、8月6日の第93回。
この第19週の、週タイトルは「勇気の花」。
のぶの一番下の妹、メイコ(原 菜乃華さん)と健太郎(高橋 文哉さん)とのエピソードだった。
夢だった「のど自慢」の予選会に、ようやく出場したメイコ。
歌い出した会場に、呑気な健太郎が応援のために、急に顔を出す。
しかし、健太郎を好きすぎるメイコは、緊張して失敗してしまう。
その後、メイコが健太郎に気持ちをぶつけ、半年後、二人は結婚する、という展開。
脇役のエピソードが一番の視聴数だったとは。
多くの人達が、身内のような気持ちで、登場人物の人生を、はらはらしながら、見守っていたことが良く分かる。
そろそろ終わりが見えてきた、第24週の週タイトルは「あんぱんまん誕生」。
この週の金曜日。9月12日の第120回。
その朝、丁度テレビで「あんぱん」が始ったタイミング。
私は、家を出る準備を終えたところだったのだが、少し迷って、ダイニングのイスに、再び腰を下ろした。「あんぱん」を見てから、出かけることにして。
一限目の授業が無い長女は、横で、まだ、のんびり朝食を食べていた。
第120回は、こんな内容だった。
病気をおして、高知から二人を訪ねてきた、元上司であり、恩人の東海林(津田 健次郎さん)。
その訪問をきっかけに、嵩が、今の「アンパンマン」の姿を、ついに描くという話し。
嵩が最初に描いたアンパンマンは、人間の顔をした、太った「おんちゃん」のイラストだった。
空を飛んで、お腹が空いた人に、パンを配るというだけの、地味なヒーロー。
その価値に、いち早く気付いたのは、のぶ。
「このおんちゃん、最高や」と。
その後、のぶ自身、子供への読み聞かせ会などを通して、一生懸命、世の中に広めようとしてきたものの、ずっと鳴かず飛ばずの状況が続いていた。
ようやく、その9月12日の回に、今、皆に愛されている、アンパンマンのあのビジュアルに辿り着いたのである。
仕事カバンを抱え、イスに浅く腰掛けていた私は、その時、ボロリと涙がこぼれてしまった。
長女には、横顔を向けた位置関係だったから、気付いたかどうか。
その場は、そのままスルーした。
どうして、私がそんな場面に、ぐっときてしまったのか。
長女にも、ちょっと意味が分からないだろう。
つまりは、こういうことなのだ。
ドラマが始って以来、嵩の苦しむ姿、もどかしい場面をずっと見てきた。
戦争の苦しみもあった。
見続けるのが辛くなり、車載テレビで音だけ聞こうと、わざわざ早めに家を出て、事務所へ向かった日もあった。
しかし、その度に、こんな想いが頭をよぎったのだ。
そうか。この人生の先で、アンパンマンに辿り着いたんだな。
もちろん、フィクションとして、構成されたドラマである。
しかし、身近な人の死も含め、苦しい戦争時代を経て、晩年にやなせさんが生み出したのが、アンパンマンであることは、間違いない。
例えば、太宰治の短編などを読んだ後、どうしても、頭に浮ぶのは、その人生の不条理な結末である。愛人に引きずられるように、心中で終わる、その結末。
しかし、やなせさんの場合、人生の終盤に辿り着くのは、あの呑気で素敵な、アンパンマンの世界なのだ。
つくづく感じる、アンパンマンの世界観・メカニズムの偉大さ。
私の家でも、未だに、子供に買い与えたアンパンマグッズが、思わぬところから出てきたりする。今の人達の、アンパンマンとの出会いは、まずは自身の幼少期からだろう。
自分の好みが決まる前に、既に周りには、きっと何らかのグッズが転がっている。
テレビアニメも、知らず知らずに目にしているはずだ。
大きくなるにつれ、一旦、アンパンマンとの付き合いは終了する。
しかし、自分が親になる頃には、また直ぐにお世話になる。
子供を、あやしたり、喜ばせるために。
子育て期が終わった頃、やっぱりまた、その付き合いは中断する。
しかし、数年経つと、今度は、孫のために、関係が復活するのである。
こうして、多くの人達にとって、アンパンマンとの付き合いは、生涯続くものとなる。
アンパンマンの思い出は、必ず、幼い子供が喜ぶ姿と、共にある。
下世話な話し、こんな視点もある。
振り返ってみれば、自分が、今までどれだけアンパンマングッズに、お金を使ってきたことか。
関連商品を開発する人、それを売る人。それを喜ぶ、新たに生まれてくる子供達。
延々と、経済効果も続いていく。
しかし翻って、そのデザインは、子供受けするように、技巧的に辿り着いたものではないのだ。
やなせさんの、人生経験を経てこその、唯一無二の世界観。
クリエーターとして、これ以上に喜ばしい、成功の姿が、他に描けるものだろうか。
半年間、ドラマを見ながら、そんなことをずっと考えてきたのだ。
史実に基づく、やなせさんが残した言葉も、心に沁みる。
本質的には、詩人なのだと思う。
私も、小さい頃から馴染んできた「手のひらを太陽に」。
「ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ」
子育が小さかった頃、耳に馴染んだ、アンパンマンのマーチ。
改めて、よい歌詞だ。
「なんのために うまれて なにをして いきるのか
こたえられない なんて そんなのは いやだ」
「ときは はやく すぎる ひかる ほしは きえる
だから きみは いくんだ ほほえんで」
「そうだ うれしいんだ いきるよろこび
たとえ むねのきずが いたんでも」
やなせ先生も、暢さんも逝ってしまったが、これからも、アンパンマンがヒーロー活動を止めることはない。小さな子供達に、いつまでも大事なものを届け続ける。
ドラマには、印象に残る方言、土佐ことばが、たくさん使われていた。
じゃあ、またね、という挨拶は「ほいたらね」。
びっくりした時の、のぶ。
くりくりした目を見開いて言う台詞は「たまるかぁ」。
嵩が、尻込みして、悪い判断に傾きそうなとき。
いつも必ず、のぶは、眉毛に力を込めて、この言葉をかけていた。
この先、自分を勇気付けたいとき、心の中で(今田 美桜さんの声で)、つぶやこうと思っている。
「たっすいがーは、いかん!」
2025年10月某日
