№9 注射記念日

雑文

長年通ってきた近所の小児科に、久しぶりに子供達三人を連れていった。
やり残した予防接種を受けさせるためである。
長男と次男は二十歳を超えている。
一番下といっても長女も既に高校生。
私も含め、今では少々場違いな一団となってしまった。
その小児科は、生前、妻もずっと子供達を連れて通っていた。
昔馴染みの看護師さんから、長女に、あら○○ちゃん大きくなって、といった声がかかる。

長男と次男は、今回で母子手帳に記載される予防接種はすべて終了となる。
長女の方はあと二回ほど必要だが、子供三人を引き連れて続けてきた一大イベントも、ようやくこれで終わりである。

とにかくややこしかった。
よく理解出来ないながら、母子手帳を看護師さんに毎度確認してもらい、これとこれは何年後、といったことをメモしてもらいながら進めてきた。

妻が生きている頃は任せきりだった。
それが妻の闘病期間、加えてその後の数年間、まったく中断してしまった。
タイミングを逃し、多くの予防接種が実費のかかる任意の扱いとなってしまっていた。
それでも、これだけは親の責任だと考えて、諦めずに続けてきた。
長男に至っては社会人になってしまったが、お金は出すから一緒に行こうとせき立てて皆で出かけてきたものである。

ようやく妻との長い長い約束を果たした気分だ。ある種の記念日かもしれない。
記憶に留めておこうとネタを探すと、ひと月早いものの、丁度妻の誕生日である。

看護師だった妻は、その小児科の医師を丁寧で信頼できる先生だと常々評価していた。
採血などで、他のところの看護師さんは、ちょっと痛いけど我慢して下さいね、といって注射したりする。あるいはそれが標準的な手順なのかもしれない。
しかし、それだとこちらも「痛み」を前提に身構える。
その小児科の医師は、他愛の無いことを一言聞いて、子供が答えている間に、或いは考えている隙に、ひょいと注射してしまう。

我が家の子供達は、未だに毎度、注射自体を嫌がり、憂鬱だ、痛かったと騒ぐ。
しかし、それは家族の中だけの話で、病院では極めて神妙だ。
不思議なくらい、小さい頃から、三人ともに注射で大泣きしたという記憶がない。

妻が亡くなった後、あまりに涙を見せない長男に、泣いても良いんだぞと声をかけた事があった。
しかし、その時長男は、うっすらと愛想笑いを浮かべただけだった。
その心の中にあるものが果たして何なのか、未だに掴めないままでいる。

思えば私も、妻がガンの告知を受け、その後の闘病期間、全く涙が出ることは無かった。
どん底まで気持ちが落ちたとしても、そこに妻がいる限り、妻のために何らかの出来ることがあったからだ。常に現実問題だった。泣いている場合ではない。
今の苦しみと涙は別問題。
そんな合理性のようなものがあった。

葬式の後から、私だけは面白いくらいに涙が溢れるようになった。
ただただ静かにいくらでも涙が流れる。
現実問題から、手の届かない世界に話が移ったからかもしれない。
例えるなら「死」から「詩」へ、といった具合に。

そう考えれば、或いは注射と同じように母親の死も、子供達にとってはまだまだ全力で身構えることを止めることが出来ない現実問題の続きなのかもしれない。
特に長男の心の奥底にある感情は、そういうものではないかと想像している。
泣いても母親が生き返る訳ではない。
一方、その悲しみに正面から目を向け始めたらとてもではないがまだ耐えられない。

三人の子供達には、それぞれ、信頼し、愛情を交換しあえるパートナーを、早く見つけて欲しいと願っている。
それは祈りにも似た気持ちだ。
いつの日か、もしも、その必要が生じたときには、安心していくらでも涙を流せるように。

2023.8月某日

 

 

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