№30 バイトと洗濯(『柔軟剤』の香りに想う)

ちえプロ

休日の朝。
大学四年の二男が、6時前だというのに、何やらごそごそと身支度をはじめている。
普段は、午前中いっぱい寝ているくせに。

先般、ようやく就職の目処が付いた二男。
希望していた職場に滑り込めた様子。
自分で納得のいく結果であれば、それで何よりだ。

友達と、どこかへ遠出でもするのだろうか。
訊ねると、バイトをまた始めた、とのこと。

ただし一日限りの、いわゆる単発バイト。
先日も、帰りが遅い日があった。
市内のホテルの皿洗いのバイトだったらしい。
今日はN市まで行って、スーパーの品出しをする。
以前、長く続けた仕事と同じ。気楽である、との説明。

N市までは結構な距離がある。
元は取れるのか聞いてみると、交通費は300円だけだが、利益は出る計算とのこと。

暑かったこの夏も、ガソリン代節約のため、車のクーラーまで制限していた二男である。
よくよく比較検討してのことではあろう。

何より、気持ちは良く分かった。

就職試験からの開放感。
慣れた仕事。
普段行くことのない、数十キロ離れた小さな町へのドライブがてら。

二男は、数か月前、就職活動に専念するため、長く続けたバイトを一旦スッパリと辞めた。
前から計画していたことだという。
そのあたりは二男らしい。

割の良い、夜の時間帯のバイトでコツコツと貯めたお金。
卒業まで残す予定が、そこは狂って、尽きつつあるようだ。

二男は、亡くなった妻の特質を、濃く受け継いでいる。
我が道を行く、という感じが特に。

私と妻とは、価値観が共通している一方で、デコとボコが、上手い具合にずれている、という感じもあった。

ふとした拍子に、妻独特の感性が、思わぬ角度から飛んできて、一瞬びっくりとする。
しかし、直ぐにその意味するところは私にもピンときて、それも良いね、となったものだった。

妻は、自分に似ている二男を、その分、案じてもいたようだった。

自分で思う、自分の嫌な部分が、必要以上に目に付いたからではなかったか。
そんなふうに理解している。

病気が小康状態だった頃、妻が二男に、しつこく小言を言う姿を何度か見かけたことがあった。

さばさばとした性格の妻にしては、本当に珍しいことだった。

二男は覚えているのだろうか。

ずっと、少し気になっていた。
もし、嫌な記憶として残っているのなら、それは、お母さんの心配ゆえ、愛情ゆえのこと。
そう、受け止めて欲しい。

ある時、病室のベッドで、妻がこんなことを言っていた。

小学生の頃、皆からいじめられている友達がいた。
服が、とても臭かったから。
その子は、お母さんのいない子だった。
男親だけでは、行き届かなくなる部分。
どうか気をつけてほしい。

最後は涙で、妻の言葉は続かなくなっていた。

気丈な妻だった。
闘病期間中も、妻が涙を見せたのは、その時を含め、ほんの数回だけである。

どういう話しの流れだったか。
服の匂いに気をつけて欲しい、との話しは、特に二男に向けてのことだった。

妻へ。

二男のTシャツは、匂いをくんくんして、週の途中でも溜め込まず、早めに洗濯してきましたよ。

必ず、香りの良い柔軟剤も使って。

友達とも仲良くしている様子。
どうやら就職まで漕ぎ着けそうです。
だから、どうか安心してくださいね。

2024年8月某日

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