№70 車中泊(『ドラクエ』に想う)

ねこプロ

早朝、暗がりの中で目が覚めた。
一瞬、記憶が混乱する。

そうか、車中泊したのだ。
どうやら、思ったより穏やかに、夜を過ごせたようだ。

トイレに行きたいが、できれば、もう少し明るくなってから車外に出たい。
もうちょっとだけ、粘るとしよう。
昨日からのことを、思い返しながら。

そこは、H市の駅前。立体駐車場の一角だった。

車中泊を組み合わせながら、段々遠くまで足を伸ばそう、という私の作戦。
まだまだ、実験途上。

先般、県境を越えたH市で、午後6時過ぎから、ある講演会が行われるという告知を見つけた。
市の事業だが、市民以外でも受講可能。無料、との案内。

最近、テレビでよく見かける、運動の専門家の講演会だった。
もう一つ別に立ち上げた、ブログの記事のネタになりそうな内容。

しかし、講演が終わった後、夜遅く、家まで戻るというのでは少し、体が辛い。
そうだ。
そのまま車中泊して、ついでに翌日、朝から、その街を回ってみよう、と思った次第。

気ままに思える車中泊も、案外、適当な場所を探すのは難しい。

多くの人は、道の駅やキャンプ場を使う。
しかし、私が動きたいエリアとは、微妙にかみ合わなくもなる。

そこで。
暫く前から、こんな作戦はどうだろう、と考えていた。

中規模の地方都市であれば、大概、駅前に立体駐車場がある。
24時間、上限、千円程度。

場所探しで時間をロスするより、いくらか場所代を払ってでも、早く拠点を決めた方が良いのではないか。

幾つか、メリットもあった。
事前に、ネットで状況を確認できる。
雨にも強い。何より、深夜のトイレの心配がない。

昨日の午後、早めに家を出て、H市の、この駅前立体駐車場を目指して、やって来たのである。

高い階まで、ぐるぐると車を進めると、イメージ通りすいていた。
周りに車がない、角のスペースを見つけて、落ち着いた。
見晴らしも良かった。
眼下に、午後の街がひろがっている。

早速、座席のセッティングを調整し、シェードで囲った。
講演が終わった後、戻って直ぐに寝られるように、明るいうちに準備してしまいたかったのだ。

多少、手間取りつつも、良い感じに寝床を作って、車を後にした。
ここまでは順調だった。

しかし、二つ、痛いミスをした。

一つには、車内で過ごす際の、ランタンを持ってくるのを忘れたのである。
この点は、駐車場内の灯りが十分だったので、文庫本は読めなかったが、他に不都合は無く、事なきを得た。

もう一つの方は、致命的だった。
講演会が行われる会場。
そもそも、歩いて行けるような、近い距離では無かったのである。

事前に、ネットの地図で確認した限りでは、会場は、駅から、せいぜい、1~2㎞のように見えた。

講演会が始まる前の、夕方の時間帯。
折角だから、ぶらぶらと街歩きしてみようと思い、少し早めにやってきた。
もしかしたら、ブログで使えそうな、面白い写真などが、他にも撮れるかもしれない。

会場は、駅周辺の案内板で、直ぐに見つけられるだろう。
たかをくくって歩き始めた。

しかし。一向に位置関係がつかめない。

さすがに変だと、本気で、スマホで検索してみると、会場は、川を越えて、さらに数キロ先であることが分かったのだ。

後からようやく理解したが、会場の最寄りの駅と、車をとめた駅が、そもそも違っていたのだ。
○○駅と、新○○駅、といったよくある、使い分けに気がつかなかったのだ。

天気も良かった。早めに来たのだ。そのうち辿り着くだろう。
安易に、そのまま、歩き続けた。

しかし。
日頃の運動不足。
まもなく、右のふくらはぎが、嫌な感じに痛み出した。

駅前のエリアを抜けると、すぐに区画の大きな、街並みになった。
車で移動するための街のつくり。歩けど歩けど、直線の道は、はかが行かない。

ついつい、何度もスマホを見ることになる。
川を越えたエリアが、城跡公園などもあり、もともとの古い街並みだった様子。
しかし、その川が、なかなか近付いてこない。

ようやく橋のたもとまで、辿り着く。
少しカーブしているだけなのに、自分の目の高さからは、橋の終わりが見えない。
歩いて渡るような、橋では無いのだ。

暑すぎず、寒すぎず。ほどよい気候。しかし、さすがに汗も湧いてくる。
サラリーマン勤めの頃は、遠くの街に出張して、日中、汗をかくような苦労があったとしても、夜、ホテルに着けばシャワーもあびられて、ほっとできた。
しかし、今日はそれは不可能。

歩けど歩けど、向こう岸に辿り着かない橋の途中。

諦めて、ここから引き返し、家に戻って、寝た方が良いかも。
ふと、頭をよぎる。
もはや、講演会の始まる時間には、間に合わないことが確実、となっていたのだ。

それでも。
歩き続けているうちに、ナチュラルハイのような状態になった。
川を越え、雰囲気の変わった、街の様子を興味深く眺めながら、歩き続けた。

1時間遅れで、ようやく会場にたどりついた。
まだ、後半の半分、参加することができた。
その講演は、市民のための、いわゆる生涯学習のプログラムだった。

人生100年時代、健康作りを心がけ、なるべく長く自分の足で歩きましょう。

最近、テレビで、良くみかける、ボディービルダーが講師。
しかし、大学教授の方が、本業の方だった。
エビデンスに基づく、理論的で、面白い講演だった。

人気者の来場。多くの人が詰めかけていた。
スペースを空けながらではあるものの、後ろの列まで、埋まっていた。

会場に入り、一番後ろの列の、数席を、ようやく確保する。
脱いだ上着を、横の席にかけて、人心地(ひとごこち)。
やれやれ。

しかし。
予想はしていた。
座ってまもなく、さあみんなで体を動かしてみましょう、となったのだ。
その場でできます。横を向いて、スクワットをしましょう。

膝が痛くならない姿勢が本当だというレクチャーを素直に聞き、試してみると、確かに、太ももにだけ、じんわりとしたしびれがきた。痛めた、右のふくらはぎは、大丈夫。

それが、乳酸が出ている「しるし」です。最近の研究で、乳酸は、頭の働きにも大事な意味があることが分かってきています。仕事の効率をあげるため、オフィスでも、思い立ったら、すぐに実践しましょう。さあ、みんなで、もう10回・・・

終わって、また、車のある駅前まで、一人、歩く。
しかし、今度は、のんびりと満足感を噛みしめながら。

途中、店に入り、ラーメンを食べる休憩もはさんだ。

涼しい夜道を歩きながら、つくづくと考えた。
確かに、心の健康のためにも、体を動かすことは、ぜひとも必要だ。

そして、今。

そろそろ限界。
1階のトイレに行きながら、ついでに顔を洗い、歯も磨いてこよう。

早朝の、駅前の立体駐車場。5階の、その空間に、恐る恐る、出てみる。
車の出入りもなく、一晩中、静かだった。

明るくなった、朝の街並みが広がっている。
あいにく、今日は天気が悪いようだ。深い霧に包まれている。

これから行く、幾つかの、建築物のことが頭に浮かんだ。
今日こそ段取りよく動きたい。
効率よく写真を撮り、ブログに書くネタを拾って歩かねば。

昔、夢中でやったドラゴンクエストなどのRPG(ロールプレーイングゲーム)。
装備を調えて、村から出て、いよいよ広いフィールドへ出てみよう。
思えば、その瞬間が、一番わくわくして楽しかった。

私にとっては、今が、その瞬間なのかも、とふと思う。

人生を、半分以上過ぎた私の、小さな冒険。個人的な、しかしリアルなゲーム。
パラメータは、かけた経費と、得られる収益。自分の体力・気力・好奇心。

今日は、午前中、少しだけ雨が交じるかもしれない。
しかし、分かっている。
深い霧が晴れた後には、きっと青空が待っている、ということを。

2025年6月某日

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