朝の通勤のバスの中。
家の手伝いを、一つお願いした私のLINEに、長女からこんなスタンプが返ってきた。
アニメのキャラクターの「コジコジ」が、きりりとした表情で親指を立てて「ぐっ」。
へー、まだ「コジコジ」のスタンプなども出回っているのか。
微妙に古い漫画である。
私の子供達だって、まだ生まれていない頃の連載開始。
90年代後半に、100話ほど、アニメ化もされている。
作者は「ちびまる子ちゃん」のさくらももこさん。
アニメ終了後も、幾つかの漫画誌で断続的に書き継いでいたようだ。
コジコジを始めとした、ユニークなキャラクターが沢山登場する、メルヘンの国の話し。
一言で言えば、相当にシュールな大人のための笑えるお伽噺である。
私は、妻から教えてもらった。確か、結婚する前のことだったと思う。
妻は、やかんくんがお気に入りだった。
興奮すると、彼の顔であり、頭である「やかん」が沸騰して、毎度ぴーとなってしまう。
それは、やかんくんにとっては、とても恥ずかしいことなのだ。
この設定を、妻は振り切った大きな声で、毎度「ピー」と真似しながら説明した。
こんなキャラクターがいるのよ、と楽しそうに。
もはや、妻の一つのギャグだった。
語呂が似ているな、とふと思い出した言葉が、「ほにほに」。
ただし、こちらは亡くなった義母の口癖である。
その地方の方言だろうとは思うが、他の人が使っているのを聞いたことはない。
しみじみ「やれ、やれ」という時のリズムと同じような感じで「ほに、ほに」と使う。
意味も近い。
ただし、義母は、時折、遙かに深い気持ちを込めて使っていた。
例えば、小さな子供が犠牲になった事件のように、どうにも救いの無い、テレビニュースが流れた時などに。
小さく横に、首をふりながら「ほに、ほに・・・、ほに、ほに」と、何度も噛みしめるように呟いていた。
いかにも義母が「ほに、ほに」と言いそうなタイミングで、しかし、それを言わなかった。
そんな意味で、印象に残っている場面がある。
妻のガンが分かり、定期的な治療を開始した直後のことだった。
休日の午前中だったと思う。
短期入院中の妻に面会するために、義母達と病院で合流した。
妻は、シャワー室を使っていて、少しの時間、待つことになった。
待合スペースのテーブルの向かい側には、義父と義母。こちら側には私が一人座っている。
周りには、私の小さな子供三人もいて、それぞれ離れて座って、漫画などを読んでいたと思う。
なぜ、もう少し早く病院へ行かせなかったのか。
義父が私をなじりはじめた。
自分も昔、まだ子供が小さかった頃、妻の異変にいち早く気付いた。ぐずぐずしていないで、病院へ行けと、強く促した。早期発見できたおかげでその後の治療は上手くいったのだ・・・
義父の気持ちはよく分かった。
何と返事をしたものか。
病気の見立て、その対応。どうすべきかは、看護師だった妻の判断に委ねていた。
そんな言い訳を、はたしてこのタイミングでするべきか。
迷っていると、すかさず義母がこう言ったのだ。
明るい、まっすぐな笑顔で。
「しょうがない。しょうがない」
不思議なくらいに、明るいトーンのその一言。
生涯、忘れることはないだろう。
話しは、それで終わりとなった。
義母自身、その時、ガンの再発を抱えていたのである。
その後、妻より一年ほど早く、向こうへ逝ってしまった。
義父にしても、私を責めるようなことを言ったのは、後にも先にもその時の、ただ一度だけ。
妻を亡くし、娘に先立たれることになっても、洒脱の元気をなくすことはなく、義父は、最晩年の人生を、今も自分らしく生きている。
そんな両親に育てられた妻だからこそ、私も信頼し、一緒の人生を歩んだのだ。
コジコジの結末。
結局どうだったろうかと気になって、ネットで調べてみる。
結末らしい結末はない、というのが答えのようだ。
さくらさん自身、とても気に入っていて、急逝するまで不定期に書いていたからだ。
つまり、未完ということだろう。
それにしても、ウィキペディアらしからぬ記述になっている。
キャラクターまで、一人一人逸話と共に説明されている。
そこまで、普通は解説しないだろう。
きっと面白がって書いているのだ。
この記事は、あまり重要ではない事項が過剰に含まれており、整理が必要です。
冒頭、そんな記載がある。中の人に怒られていて、笑える。
興味のある人は、普通の記述に整理されてしまう前に、覗いてみるとよいと思う。
逸話の一つ一つがナンセンス。
コジコジは、実は宇宙の子らしい。
その秘密を告げられたコジコジ。
しかし、翌日には記憶が曖昧になる。
つっこみ役の次郎君と話しているうち、なぜか「宇野千代」と「荒井注」の子供という話しに置き換わってしまう。
「宇、注」の子、という具合に。
学校の先生に、将来何になりたいの、と質問されたコジコジ。
こう即答する。
コジコジだよ。コジコジは生まれた時からずっと、将来も、コジコジはコジコジだよ。
ああ、そうか。なるほど確かにその通りだ。
何だか、笑いと共に泣けてくるような気分。
そういえば義父にもこんな口癖があったな、と思い出す。
「ずぶんは、ずぶん(自分)。しとは、しと(人)」
ほっと、小さく息を吐いてから、そろそろ自分の仕事に戻るとしよう。
こっそり仕事中に、パソコンで検索してたのである。
周囲に気付かれては不味いシチュエーション。
おかげで込み上げる笑いをこらえるのには苦労した。
2024年12月某日