№46 「ほにほに」と「コジコジ」(さくらももこ『コジコジ』)

ちえプロ

朝の通勤のバスの中。
家の手伝いを、一つお願いした私のLINEに、長女からこんなスタンプが返ってきた。

アニメのキャラクターの「コジコジ」が、きりりとした表情で親指を立てて「ぐっ」。

へー、まだ「コジコジ」のスタンプなども出回っているのか。

微妙に古い漫画である。
私の子供達だって、まだ生まれていない頃の連載開始。
90年代後半に、100話ほど、アニメ化もされている。

作者は「ちびまる子ちゃん」のさくらももこさん。
アニメ終了後も、幾つかの漫画誌で断続的に書き継いでいたようだ。

コジコジを始めとした、ユニークなキャラクターが沢山登場する、メルヘンの国の話し。
一言で言えば、相当にシュールな大人のための笑えるお伽噺である。

私は、妻から教えてもらった。確か、結婚する前のことだったと思う。

妻は、やかんくんがお気に入りだった。
興奮すると、彼の顔であり、頭である「やかん」が沸騰して、毎度ぴーとなってしまう。
それは、やかんくんにとっては、とても恥ずかしいことなのだ。

この設定を、妻は振り切った大きな声で、毎度「ピー」と真似しながら説明した。
こんなキャラクターがいるのよ、と楽しそうに。
もはや、妻の一つのギャグだった。

語呂が似ているな、とふと思い出した言葉が、「ほにほに」。

ただし、こちらは亡くなった義母の口癖である。
その地方の方言だろうとは思うが、他の人が使っているのを聞いたことはない。

しみじみ「やれ、やれ」という時のリズムと同じような感じで「ほに、ほに」と使う。

意味も近い。
ただし、義母は、時折、遙かに深い気持ちを込めて使っていた。
例えば、小さな子供が犠牲になった事件のように、どうにも救いの無い、テレビニュースが流れた時などに。

小さく横に、首をふりながら「ほに、ほに・・・、ほに、ほに」と、何度も噛みしめるように呟いていた。

いかにも義母が「ほに、ほに」と言いそうなタイミングで、しかし、それを言わなかった。
そんな意味で、印象に残っている場面がある。

妻のガンが分かり、定期的な治療を開始した直後のことだった。

休日の午前中だったと思う。
短期入院中の妻に面会するために、義母達と病院で合流した。
妻は、シャワー室を使っていて、少しの時間、待つことになった。

待合スペースのテーブルの向かい側には、義父と義母。こちら側には私が一人座っている。
周りには、私の小さな子供三人もいて、それぞれ離れて座って、漫画などを読んでいたと思う。

なぜ、もう少し早く病院へ行かせなかったのか。
義父が私をなじりはじめた。

自分も昔、まだ子供が小さかった頃、妻の異変にいち早く気付いた。ぐずぐずしていないで、病院へ行けと、強く促した。早期発見できたおかげでその後の治療は上手くいったのだ・・・

義父の気持ちはよく分かった。
何と返事をしたものか。

病気の見立て、その対応。どうすべきかは、看護師だった妻の判断に委ねていた。
そんな言い訳を、はたしてこのタイミングでするべきか。

迷っていると、すかさず義母がこう言ったのだ。
明るい、まっすぐな笑顔で。

「しょうがない。しょうがない」

不思議なくらいに、明るいトーンのその一言。
生涯、忘れることはないだろう。
話しは、それで終わりとなった。

義母自身、その時、ガンの再発を抱えていたのである。
その後、妻より一年ほど早く、向こうへ逝ってしまった。

義父にしても、私を責めるようなことを言ったのは、後にも先にもその時の、ただ一度だけ。
妻を亡くし、娘に先立たれることになっても、洒脱の元気をなくすことはなく、義父は、最晩年の人生を、今も自分らしく生きている。

そんな両親に育てられた妻だからこそ、私も信頼し、一緒の人生を歩んだのだ。

コジコジの結末。
結局どうだったろうかと気になって、ネットで調べてみる。

結末らしい結末はない、というのが答えのようだ。
さくらさん自身、とても気に入っていて、急逝するまで不定期に書いていたからだ。
つまり、未完ということだろう。

それにしても、ウィキペディアらしからぬ記述になっている。
キャラクターまで、一人一人逸話と共に説明されている。

そこまで、普通は解説しないだろう。
きっと面白がって書いているのだ。

この記事は、あまり重要ではない事項が過剰に含まれており、整理が必要です。

冒頭、そんな記載がある。中の人に怒られていて、笑える。
興味のある人は、普通の記述に整理されてしまう前に、覗いてみるとよいと思う。

逸話の一つ一つがナンセンス。
コジコジは、実は宇宙の子らしい。
その秘密を告げられたコジコジ。

しかし、翌日には記憶が曖昧になる。
つっこみ役の次郎君と話しているうち、なぜか「宇野千代」と「荒井注」の子供という話しに置き換わってしまう。
「宇、注」の子、という具合に。

学校の先生に、将来何になりたいの、と質問されたコジコジ。
こう即答する。

コジコジだよ。コジコジは生まれた時からずっと、将来も、コジコジはコジコジだよ。

ああ、そうか。なるほど確かにその通りだ。

何だか、笑いと共に泣けてくるような気分。

そういえば義父にもこんな口癖があったな、と思い出す。

「ずぶんは、ずぶん(自分)。しとは、しと(人)」

ほっと、小さく息を吐いてから、そろそろ自分の仕事に戻るとしよう。
こっそり仕事中に、パソコンで検索してたのである。

周囲に気付かれては不味いシチュエーション。
おかげで込み上げる笑いをこらえるのには苦労した。

2024年12月某日

 

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