№37 アトムとかたつむり(浦沢直樹『PLUTO(プルートゥ)』)

ちちプロ

マンションの駐車場に着き、車から降りようとドアに手をかけた時のこと。
ちょうど目が行く、ドアミラーの付け根のあたり。
小さなカタツムリと目があった。

いつからそこに、ひっついていたものか。

数年前、施設に移った私の両親が残した郊外の家。
今や、休日の恒例の仕事となった、その家の庭作業などをして戻ってきたところである。
カタツムリは、きっと、その庭からここまで一緒にやって来たのだ。

全体でも三センチほど。小さい。
よくその高さまで、登ってきたものだ。

ゆらゆらゆれる四本のツノ。
上に伸びた大きな二つを大触手。下の小さな二つを小触手というらしい。
大触手の先の黒い丸がカタツムリの目玉である。

すらりと伸びた大触手のバランスが良い。
ちびっ子だがイケメンだ。

後ろの席に乗っていた、長女に指さして教える。

「おおっ」というリアクション。

長女は、意外にもこれまでカタツムリを触ったことが無いという。
小さい頃、ダンゴムシが好きで、つついたり、手のひらに乗せたりしていた姿は見かけたのだが。

ネットで調べると、カタツムリやナメクジには、菌が付いていたりもするから、あまり触らない方がよい。遊んだら、よく石けんで手を洗うこと、とある。

そういれば、昔、亡くなった妻も、そんなことを言っていた。
虫なども平気な妻だったが、きっと、カタツムリだけは、子供に触らせなかったのだ。

今日は、朝から小雨交じりで、湿度も高かった。
しかし、今、午後になり天気も回復しつつある。
こんなちびっ子カタツムリ。
マンションの駐車場の車の上で、そのままにしていたら、直ぐにでもひからびてしまうだろう。

少したじろぐ長女に、カタツムリの持ち方を教える。殻をつまめば良いのだ。
引っ張り方も、一度実演して見せる。

殻を持って、静かに引っ張って行く。
くっついているカタツムリは意外と粘って、中々離れない。
このままだと、殻から身が抜けてしまいそう、とこちらが不安になるその一瞬。

さすがに、カタツムリの方が諦めて、すっと離れるのだ。

もう一度、くっつけてから、長女にもやらせてみる。
「やばいやばい」と騒ぎつつも、上手く車のボンネットから引き剥がした。

すぐ隣の、小さな児童公園の植栽のかげあたりに、はなしてくるように促す。

無事、よさげな草陰を見つけた様子。
小さなカタツムリを安全地帯に逃がすというミッションを終え、長女は、笑顔で戻ってきた。

浦沢直樹さんの「PLUTO(プルートゥ)」という漫画がある。
手塚治虫さんの「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」というエピソードをリメイクしたもの。

好きな人も多い様子。
ちょっと検索しただけで、多くのブログの記事がヒットする。

我が家にも、全冊揃っていたと思う。
今は、おそらく長女のベットの下の箱の中あたりだろう。

浦沢直樹版のアトムは、外見上、人と見分けが付かない高性能な小学生の男の子。

印象的なシーンがある。
小雨の中、合羽を着たアトムが、道ばたのカタツムリに気を取られて、無心で覗き込んでいる。

その、あまりの自然さ。
漫画の一コマに、見ているこちらが引き込まれるような感覚になるほど。

ドイツからアトムに会いに来た、人型の刑事ロボットが、その高性能さに驚くという場面である。

普通の愛くるしい小学生の男の子に見えるのだが、実は、高性能のロボットで、それが高性能でありすぎるために、普通の男の子の仕草に見えるという漫画の一コマ。

何だか混乱してくる、幾層にも重なる状況を的確に表現し、読者を納得させる圧倒的な画力。
その納得感は、心に沁みる、前後のストーリーの運び方が巧みだからでもある。

「PLUTO(プルートゥ)」は読んで損が無い漫画だと思う。

考えて見ればあたりまえかもしれない。
手塚治虫さんと、浦沢直樹さんという二人の天才のかけ算の作品なのだから。

休日、子供達に少しでも元気が出るようにと思い、あちらこちら車で連れ回したりしてきた。
今、長男と二男は、自分の世界を広げ、自分のペースで元気を回復し、月曜日に向かっていけるようになっている。

長女は、もう一息。
友達との約束がない週末などは、部屋で鬱々としたまま、休日を終わらせてしまったりしている。

郊外へのドライブなどに連れ出すことが、もう暫くは、必要なようだ。

今回の週末。

小さなカタツムリの訪問が、案外、長女のテンションをあげて、元気にしてくれた。
その様子を見ることができた、私の気持ちもついでに。

2024年10月某日