№95 冬の宿題(『AI』に想う)

ちちプロ

土曜日の午前中。
近くのディーラーで、車の定期点検をする予約を入れていた。

のんびりしていて、時間ぎりぎりになってしまった。

つい前日も、仕事上の約束の時間に、遅れそうになったことをボヤキながら、バタバタ準備していた私に、長女がこんなことを言った。
「学習しないね。」

一つ思い出したことがあった。
着替えながら、例の宿題のレポートはどうなったのかと、長女に尋ねた。
見せてくれるように、数日前から、頼んでいたのだ。

提出前に、一度プリントしたものでよければ、先日、部屋で見つけた、とのこと。

長女から、その3枚ほどのペーパーを受け取り、鞄にしまいながら、家を出た。
車の点検作業を待つあいだ、目を通したいと思ったのだ。

信号待ちに、ハラハラしながも、約束の1分前に、ディーラーに滑り込んだ。

休日の店内は、人が多かった。
商談をする家族や、同じように点検にきた人達。

ちゃんと5分前に着くように、来ればよかった。
私のような客がいるから、回転が窮屈になって、混雑のひずみが拡大してしまうのだ。

奥に、一つ空いていた、静かなテーブルに案内された。
営業の人と、簡単にやり取りをし、作業が始まった。

後は、一人、ただ待つ時間。一時間はかからないはず。
私は、鞄から、長女のレポートを取り出した。

暫く前。
今にして思えば、義父が亡くなる、ほんの数日前。

長女が、こんなことを言ってきた。

長期休み中の、宿題が出ている。
お爺さんや、お婆さん、誰でも良いから、身近な高齢の人にインタビューをすること。
そして、その半生を聞き取って、レポートにまとめること。そんな、宿題。
自分は、誰に、話しを聞いたら良いだろう。

そんな、相談だった。
長女の4人の祖父母の中で、健在なのは、M市で暮らす義父だけだった。

その頃、義父のいる病院は、コロナ患者が出て、面会が制限されていた。
解除になり次第、長女と一緒に、面会に行くつもりだった。

話し好きの義父だったから、子供達は、昔話など、色々な話しを聞かされてきた。

宿題は、それらをネタに、書き進めればよいのではないか。
近いうちに、タイミングを見て、義父の病院へ行くつもりでいる。
ただ、その時、課題に沿って、一つ一つ聞き取る時間はとれないだろう。

その時私は、そんな、アドバイスと、見通しについて話した。

その数日後、義父は、急に逝ってしまった。

あの宿題はどうなったのか。
先日、長女に聞いてみた。

ちゃんと提出したという。

その手の宿題を、要領よくこなすタイプとは、とても思えない長女。
どうやって、完成させたのか。

聞くと、AI先生に手伝ってもらったのだという。
前に見せてもらった、課題を説明するペーパーには、指示事項や、項目が、分かりやすく、まとめられてあった。

長女は、そのペーパー自体をスキャンして、AIに聞いたのだという。

AIがどんな文章を作ったのか、興味がわいた。
長女は渋ったが、言い聞かせて、見せてもらうことにしていたのだ。

ディーラーの広い店内。
パーテーションで仕切られたテーブルで、そのレポートを読み始めた。

まず、ちゃんと表紙がある。
タイトルの下には、名前と提出月日。

一瞬、日付けに目がとまった。
それは、丁度、義父の容態が急変した日だった。
その日の夕方、連絡を受け、日付をまたいでまもなく、義父は亡くなった。

文章は、数分で、最後まで、目を通せる位の量だった。

なるほど、それなりにちゃんと仕上がっている。
稚拙な表現なども見当たらない。

幾つかのエピソードを、長女がAIに提供して、出来上がったらしい。
前段の文章を受けて、まとめまで、ストーリーが流れている。
エピソードの前振りが、効いている。

看護学に関する、学問的な蓄積のようなものまで、感じとれる。
例えば、こんな文章になっている。

『看護において、回想法を用いる意義は、対象者が自身の歩みを肯定し「自分の人生はこれでよかった」と前向きな意識を持てるように支援することにある。身体的な疾患や現在の状態をみるのではなく、その人がどのような人生を歩んできたかや、どのような誇りを持って生きてきたかという背景に目を向け、共に大切にすることで、信頼関係を築いたり、対象者の自尊心を守る看護につながるのだと学んだ。』

AIの知識のベースにあるのは、それぞれの分野で、多くの先人達が、少しずつ積み上げてきた、人類全体の財産なんだなと、実感させられる。

AIの代筆とはいえ、自分の名前で出した文章なのだから、長女も、このレポートを、大事に取っておいたほうがよい。

そして、学びが進んだ頃に、また読み返してみるべきなのだ。
そんなことを考えながら読んでいた。

義父の経歴などは、長女が提供した、本当の話し。
文章をながめつつ、義父の人生が、思い返された。

ふいに、泣けてきた。
大きな窓の向こうの、国道を行き来する、車に目をやって、気持ちを紛らせた。

まとめは、こんな文章だった。

『今回のレポートを通して、祖父の歩んできた人生に深く触れることができた。祖父の人生を「過去の話し」としてではなく、今を懸命に生きる一人の人間の力強い歩みとして受け取ることができた。

海の安全を守ってきた仕事への誇り、度重なる家族との別れを乗り越えてきた強さなど、それら全て祖父の人生の重みであり、私に向けられた言葉の本当の意味を理解することができた。

祖父が私に言ってくれた言葉の重みをしっかりと受け止め、技術だけでなく、患者さんが歩んできた人生の背景を大切にできる看護師を目指したい。そして、胸を張って看護師になった姿を見せられるように、これからの学習に精一杯励んでいきたい。』

こんなAIの書いた真面目な文章に、泣かされるとは。
長女が知ったら、こう言うだろう。
「ちょろいな。」

いずれにせよ、AI先生には、私からも感謝したい。
義父の人生を的確に総括した、追悼の文章を、まとめてくれたのだから。

そして、その文章は、大学の先生に(義父が喜ぶ女性の先生に!)、読んでもらうことにもなったのだ。

きっと、海辺のまちに生きた、ある男の人生に、一瞬だけでも、思いを馳せてくれたに違いない。

2026年4月某日

 

 

 

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