№66 声(みうらじゅん『アウト老のすすめ』)

ねこプロ

早朝、暗いうちに目が覚めた。
眠るのは諦めて、布団の中でラジオをつけた。
久しぶりに聞く、NHKラジオ。

深夜から、翌朝まで、一人のアナウンサーが日替わりで司会を務める番組。
以前はよく、時間調整のため、起きる時間まで、小さな音で聞いていた。

定年を過ぎたアナウンサーなども、時々、担当していることがある。

その朝も、どこかで聞き覚えのある、年配の女性の声だった。

数十年前、朝のニュースで見ていたアナウンサーの姿が目に浮かんだ。
そうだ。あの感じの良い、綺麗なアナウンサーだ。

当時と、微妙に声のトーンが変わっている。

認知症にならずとも、声も、年齢を重ねることで、明らかに変化していく。
私が、その事実に気付いたのは、ごく最近になってからだ。

昔、馴染んだ芸能人が、暫くぶりにラジオで話す声を聞いて、そのあまりの変化に愕然(がくぜん)とする。そんな場面が、このところ、何度か続いたのだ。

きっと、私自身も歳をとり、若い頃の姿と、現在の老いた姿の両方をリアルタイムで見ることになる芸能人の数が、絶対数として、増えたからだと思う。

こんな「老い」を取り巻く、衝撃的な気付き。
みうらじゅんさんが、上手く、命名してくれている。
「老いるショック」と。

先日、別のブログで記事を書くため、あれこれと「ゆるキャラ」の歴史などを調べていた。

探したかった「ゆるキャラ」第一号は、どうやら特定できないというのが答えのようだが、「ゆるキャラ」という、このネーミング。名付け親の方は、すぐに分かった。

それが、イラストレーターの、みうらじゅんさん、なのである。

2000年を過ぎたあたりから、各地で増殖した、郷土愛に満ちた、地域をPRするための、どうにもゆるい設定のあやしい着ぐるみ達。
みうらさんが、それを「ゆるキャラ」と呼び始めたのだ。

みうらさんは、「マイブーム」という言葉も、生み出した人である。
マイブームと言う言葉は、すでに日常の中に、とけ込んでいると思う。
「趣味」とは少し違う、個人的な状況。
もはや、この言葉でしか、言い表せない。

今、みうらさんは「アウトロー(無法者)」ならぬ、「アウト老」という言葉を、広めようとしている。

自らの「老い」に気づいた衝撃(老いるショック)から、辿り着いた境地。
年寄りなんだからこうあるべきという、普通の「老い」の枠からはみ出して、自由に生きる人。
そんな、「アウト老」を目指すことにしたのだ、という。

先般、私も、長年続けた、組織勤めを辞めた。
後半の人生を、自分の手で、組み直してみようと思ったからである。
これも一種の「アウト老」的な生き方、なのかもしれない。

私が考えているのは、こういうことである。
今後は、自分の頭と体の劣化が避けられない。
しかし、それに見合った、仕事のやり方もあるはず。
小さなエネルギーで持続できる、小さなビジネスを形にしたい。
そんな、超省エネの働き方なら、死ぬ間際まで続けられるのではないか。

もう一つ。
変な話しだが、こんなことも想像している。

自分が稼いだお金だ、残してもばかばかしい、死ぬまでに使い切ってやる。
そう家族にうそぶいて、海外旅行などで、親が退職金などを散財していたとして。
内心、子供達はどう思うだろうか。
もし、家のローンでも抱えていたなら、口に出さないまでも、減っていく遺産のことを、チラリと考えて、黒い気持ちになったりもするのではないか。

私の作戦は、少なくとも年金をもらえるあたりには、再び蓄えが増えていくフェーズに持って行こうというものである。
つまり、長く生きれば生きるほど、家族全体の貯蓄が増えていくという作戦。

それなら、ローンを抱えた息子達だって、孫と一緒になって、心から、じいちゃん長生きしてね、と言ってくれるのではないか・・・

暫く前、今のアメリカ大統領が、自分にとって、辞書の中で、最も美しい言葉は「関税」だ、とうそぶいたことがあった。

それを伝えた、朝のNHKニュース。
直後のコーナーで、とぼけたキャスターが、若い女性アナウンサーに、こんな無茶ぶりをした。
あなたの辞書で、一番美しい言葉は何ですか、と。

輪をかけて天然な、その女性アナウンサー。
少し考えてから、こんな答えを返したのだ。
「えっ、別腹(べつばら)・・・ですかね。」

お腹がすいて、経済ニュースの合間、食べ物のことでも考えていたのだろうか。
そつのない、NHKの女性アナウンサーの枠を、はみ出している。
ある種の「アウトロー」。

その後、私も考えた。
私にとって、辞書の中で美しい言葉は何だろうか、と。

こう考えている。
死ぬタイミングを見計らいながら、蓄えを少しずつ取り崩していくような生き方は、想像すると、なんだか気持ちが萎えてくる。どうにも、しっくりこない。

叶うことなら、生きている限り、少しずつでも貯金が増えるような体制にもっていきたい。
その体制作りにこそ、お金を回したい。

つまり、美しい言葉はこうなる。
それは、「右肩上がり」なのだ。

2025年5月某日

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