朝、事務所で作業をしていると。
地元のラジオ局のアナウンサーが「では、ここで一曲」と、話題を変えた。
そして、BUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)の「スノースマイル」が流れた。
私も、昔から、思い入れのある曲である。
AMのラジオ番組ということもあり、とても最後までかかることはないだろう。
途中で、フェードアウトしてしまうはず。
そんなことを考えながら、手を止めて、耳を傾けた。
思えば、もう20年以上も前の曲である。
妻と暮らすようになって、まもなくの頃だったと思う。
同じように、この曲が、たまたまラジオから流れてきたことがあった。
「この曲、ちょっと好きなんだよね」と、妻に話しかけた。
本当は、その頃、聞けば毎度、感動するくらい気に入っていた。
妻は、「ふーん」と、暫く一緒に聞いていた。しかし、それきりだった。
きっと、さっぱり興味がわかなかったのだ。
猫のように、気持ちに素直な妻だった。
丁度、この「スノースマイル」に登場する、女の子の雰囲気に似ていた。
「冬が寒くって 本当によかった
君の冷えた左手を 僕の右ポケットに お招きする為の
この上ない程の 理由になるから」
確かに、出だしの歌詞を聞くと、若い男女の、冬のデートの様子を歌っているだけの曲にも聞こえる。それも、男性目線からの、ちょっと、べたべたした言い回し。
妻も、あの日、共感出来ず、直ぐにつまらなくなったのだと思う。
しかし。
間奏も挟んで最後まで聞けば、この曲は、こんなふうに、不意に終わるのだ。
「君と出会えて本当によかった 同じ季節が巡る
僕の右ポケットに しまってた思い出は
やっぱりしまって歩くよ 君の居ない道を 君の居ない道を・・・」
ああ、この仲の良さげな、かわいらしいカップルは、そうか、分かれちゃうのか。
そんな、少々、胸を締め付けられるような気分にさせられる曲なのだ。
その朝、そんなことを思い出しながら、AMラジオを聞いていた。
予想に反して、地元のその放送局は、ちゃんと最後のフレーズまで、かけてくれた。
数日後。
朝の身支度を終え、自宅のマンションから、事務所へ向かうべく、玄関に向かった。
いつものように、長女が、見送りに玄関まで、やってきた。
長女は、無事に試験を乗り越え、春休みに入り、機嫌が良い。
「にこ」と笑って、いってらっしゃいと手を振った。
その笑顔の雰囲気に、見覚えがあった。
先般、義父の遺影を用意するために、昔の家族写真などを、あちらこちら、探すことになった。
その時、手に取った中に、妻と子供、4人の笑顔が並んだ写真があった。
それは、休日に、公園で遊んだ後に、私が撮ったものだった。
とっくに歩けたが、幼い長女は、妻の背中におぶさってこちらに顔を向けていた。
妻は、少し疲労を感じている様子。それでも笑顔だった。
長男は、控えめではあるが、イケメンの晴れやかな笑顔。
二男と、長女は、なぜか不思議な位、まったく同じ表情だった。
目を細め、口を大きく横に広げて「にっ」。
その朝、マンションの玄関先で見せた、大学生になった長女の笑顔。
幼い頃の、その家族写真の表情と、まったく同じだったのだ。
つられて一つ、思い出した。
丁度その頃、妻は、幼い長女たちに、よく「笑顔の作り方」を教えていた。
なにかにつけて「ほら、やってみて」と。
「口を横に引いて、広角を上にあげて。もっと。」
そんなふうに、気合いをかけながら、自分もやって見せて、子供達に真似をさせていた。
「ほら、にっ。もう一回、にっ」
「ほら、にっ!」
長男や、二男は、少々うんざりな雰囲気で、それでも真似をさせられていた。
長女は、素直に、何度でも繰り返していた。
そういえば、BUMP OF CHICKENの「スノースマイル」にも、こんな歌詞がある。
「笑顔は教えてくれた 僕の行く道を」
妻の命日のある、2月は、毎年、悲しい記憶の方が、多く蘇った。
「そうか。今年、こうして思い出しているのは、子供達との笑顔の練習か。」
そんなことを考えながら、マンションのエレベーターを出て、事務所へと向かった。
2026年2月末日
