正月をはさんで、オンライン上で、ある研修を受けている。
仕事の幅を広げられるだろうと、考えてのものである。
始めと、終わりの回だけは、集合研修になっている。
最終日には、筆記の試験もあり、それなりに本格的なものだ。
落とすための試験ではないという話しだが、その仕事には社会的な重い責任が伴いますよ、という管理団体側のメッセージが感じとれる。
手がけ始めれば、認知症の高齢者などに、深く関わることになる仕事、なのである。
一つには、収入を確保して、ビジネスを軌道に乗せたい、と考えてのもの。
ただ、もう一つ、あまり他人には言えない、以前から、考えてきた密かな目的もあるのだ。
それは、ひとことで言えば「自分の死に方探し」ということなのだ。
こう表現すると、いかにもネガティブで、不穏なワードになってしまうが、言いたいことは、もっとドライで、ある種、事務的な気持ち、なのである。
このところ、私の両親をはじめ、高齢になった身近な人達の、人生最晩年に関わることが多くなっている。
医療が進歩し、平均寿命も伸びたが、こういう時代になったらなったで、個人個人が、死を迎えるための困難さは、結局、やっぱり多い。それが、実感だ。
最後の時を、穏やかに迎えるためには、介護施設を必死で探すべき、なのか。
或いは、結局、病院で亡くなるしかないから、考えるだけ無駄なのか。
多かれ少なかれボケていく自分と、どんなふうに付き合っていくか、という問題もある。
私の作戦は、新しいビジネスを手がけながら、その中で、自分の人生の締めくくりに向けた、何かヒントを得たい。来るべき、その瞬間まで、有意義な(穏やかな?、幸せな?、自分にあった?)生き方を探したい。
と、そんな気持ち、なのである。
年末から、毎日、一コマずつ、その研修の動画を見るのを日課としている。
事務所にしている一軒家のデスクで、ノートパソコンを使って。
広げたノートパソコンの、画面の向こうは、サンルームを挟んで、庭の花壇になっている。
今年は、数年ぶりに、雪の多い冬となった。
玄関へ続く通路だけは、何とか雪かきを続けている。
しかし、庭の花壇は、とっくに諦めて、雪が積み上がるのにまかせている。
先日、通路の雪かきのついでに、ふと思い立って、花壇の一部を、地面が見えるところまで、雪を掘り下げた。一メートル四方ほどを。
そして、その雪のくぼみへ、昨年買った、小鳥の餌を、少しだけまいてみた。
その場所は、ノートパソコンの画面から、視線を少しあげるだけで、丁度、目に入る位置。
冬になって、事務所のデスクから、庭の木蓮の枝などに、小鳥がやって来るのが、よく見えるようになっていた。葉が落ちて、見通しが良くなったからだ。
餌をまくようになって、まもなく。
案の定、研修動画に夢中になっていると、時折、不意に、視線の先に、小さな鳥が動くのが目に入るようになった。
リスクのある、そんな地面まで降りてくるのは、雀である。
雀は、まずは、少し遠くの木蓮の枝や、手前の、葉が落ちたバラの枝に、とまる。
そして、慎重に、辺りを確認する。
迷って、ようやく、雪のくぼみまで、降りてくる。
それでも、一羽が餌をついばみ始めるめると、まもなく数羽が集まってくる。
食べるのに夢中になって、雀同士で、喧嘩を始めたりもする。
そのうち満足して、雪の上を、ちょこちょこと歩き回るようになったりする。
雀は、カラスと異なり、平地を移動するときは、両足同時に、ぴょんぴょんと、飛び跳ねて歩く。
しかし、よく見ていると、雪の段差があるところを、微妙に、交互に足を動かして、上り下りしたりしている。何時まででも、眺めていられる。
このところ、方丈記を、繰り返し読んでいる。
解剖学者の養老孟司さんが、学生に講演しているYouTubeの動画で、読むことを勧めていたからだ。近年、地震や大雨といった災害が多いが、方丈記には全てが書いてあるから、ぜひ読んでみたほうが良い、と。
「方丈」というのは、1丈(約3m)四方の面積のことである。
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
この一文で始る方丈記は、3m四方の小さな草庵で、静かに暮らす、晩年の、やすらぎを綴った随筆である。
作者の鴨長明は、鎌倉時代の文人。
当時起こった、大火や、辻風、飢饉、地震などの惨状を描き、人も、そして、その住まいも、無常だと綴る。そして、小さな草庵で静かに暮らす良さを説く。
『自分は60歳だが、近くに住む、10歳の男の子と友達である。時々、一緒に山歩きを楽しむ。春は藤の花が波のように揺れるのを眺め、夏はホトトギスの声に耳を傾ける。』
しかし、最後は、そんな草庵を愛する気持ち自体も、執着かもしれない、と自問する。
そして、こんな文章で終わる。
「静かなる暁(あかつき)、このことわりを思いつづけて、みづから心に問いて曰く、世をのがれて、山林にまじはるは、心を修めて、道を行はんとなり。しかるを・・・」
『しかし、私自身、貧しくて、或いは、なまはんかな知性がじゃまをして、おかしくなっているのでは、ないだろうか。』
「その時、心さらに答ふる事なし。ただ、かたはらに舌根(ぜっこん)をやとひて、不請(ふしょう)の阿弥陀仏、両三遍申して、やみぬ。」(私の心は、答えることができなかった。ただ、舌を動かして、念仏を2・3回となえるのが精一杯だった。)
一人、遠くM市で暮らす義父。
年末に、ようやく施設へ移る段取りに入った。まずは、介護施設への短期入所から始めてみようということになった。それで、本人もようやく同意した。
ただ、足のむくみからきた後遺症を、一旦、病院で治療してからでないと、施設側も困るだろうという、かかりつけの医師の判断になった。ある程度、治療が済めば、施設へ移ることが出来るだろうとの見通しのもと。
12月の半ば、家の近くにある、リハビリを専門にした病院へ、入院した。
施設にせよ、病院にせよ、これで義父の日常は、随分と、快適な衛生的なものになるだろう。
私を含め、義父の日常に、気をもんでいた親類達は、そんなふうに受け止めた。
ただ、義父の気持ちとしてはどうだったのか。
叶うことなら、ずっと家にいたい。
義父が、内心そう思っていたであろうことは、想像にかたくない。
そうか。とうとう、あの家から、出ることになったのか。
事務所のデスクで、ぼんやり考えていると、雪の上に、少しだけ、顔を出しているバラの枝に、一羽の、雀がとまったのが見えた。
細いバラの枝の上で、上手に、バランスをとっている。
そして、あたりを気にしている。
地面まで、降りようか、どうしようか。
首をあっちへ向けたり、家の中の、私の方向を、気にしたり。
そのふち、つっと、飛び立って、どこかへ行ってしまった。
坂の上のあの家で、義父も同じように、静かな時間を過ごしていたのだと思う。
こんな、ささやかな喜びすら、まっとうしようとすることは、難しい。
養老孟司さんは、方丈記には、何でも書いてある、と言っていた。
鴨長明は、方丈の草庵で、静かに暮らすことを自画自賛しつつつ、それすらも、或いは捨て去るべき執着なのかもしれない、と綴った。
そして結論ではなく、こう結んだ。
「不請の阿弥陀仏、両三遍申して、やみぬ」
私も、いったりきたり考え続けている。
また、静かに降り出した雪を眺めながら。
2026年1月某日
