№56 内示の朝(『桜の花』に想う)

ねこプロ

朝、通勤バスの中。
窓から外を眺めていたら、こんな風景が目にとまった。

背の高い男性と、小さな少女。
交差点で信号待ちをしている。
男性は、こちらに顔を向け、少女は背中ごし。
ランドセルの肩紐を、両方、それぞれに握りしめ、斜めに男性を見上げ、何か会話している。

おじいさんと孫、だろうか。
しかし、男性は若々しく、イケている。
ニットのキャップを含め、全身、茶色でコーディネートした服装。おしゃれだ。
少女の方も、品の良い服装である。タイトで、少し長めの白いハーフコート。高そう。

視線を引きつけられていると、私の乗ったバスが、ゆっくりと交差点を左折するその一瞬。
少女が、ぴょんとジャンプしたのだ。

両方の肩紐を、それぞれ握った格好のまま。
両膝をまげ、足の裏が、こちらに見えるくらいに高く。
子供が縄跳びする時の、バタリと音が響きそうな、絵に描いたようなジャンプ。

人が、こんなふうに飛び上がる姿を、間近で見るのも暫くぶりだな。
嬉しい会話でもしていたのだろうか。
「やったー!」

今日は、私の職場の、大規模な人事一斉内示の日である。
昔、上司がこんなことを言っていたのを思い出す。

「何だかんだいって、最大のイベントだからな。」

一つだけ、既にはっきりしていることがある。
今日の発表に、私の名前は、ない、のである。

昨晩、帰りがけ、用意していたメールを、部下達に送信してから、職場を後にした。
知らせるタイミングを、ずっと計っていたものである。

直属の部下達まで、私の早期退職を、今日の一斉内示で知るというのでは申し訳がない。
病気やトラブルで、急に辞めるわけではない。
前々から考えて、そして準備してきたこと。
せめて、それだけは、伝わるようにと書いた簡単な文章。

もう少し、何か、説明を加えた方が良かっただろうか・・・

バスに揺られながら、気持ちは、うつらうつらと、自然、そんなことをランダムに思い返す方向へと向かう。

毎年、恒例の、内示の一日の職場全体のざわつき。
ほぼ全ての職員は、これから一年の自分の運命を、今日、始めて告げられることになる。
それは、一方的な通告だ。
拒否したり、交渉したりする余地はない。
厳粛な、セレモニーチックな伝達作業が、段階的に繰り広げられる。
私自身、伝達者の役割も、務めなければならない。
段取りよく進めなければ。

それにしても。
ようやく初めて、内示の前に、自分自身で自分の未来を選択したんだな。
出せるカードは、たった一つだったけれど。

バスを降り、職場に向かって歩きながら。
ジャンプしていた少女の映像が、蘇った。

丁度、今日、何だか良い光景が見られたな。
ふと、そんな事を思う。

昔、私の長女が小学生だった頃、春に撮った写真がある。
桜の花に手を伸ばして、飛び上がった一瞬の写真。

当時、整理するために、その写真のキャプションとして、考えたフレーズ。
そういえば、こんな一言だった。

「未来へ向かって、ぴょん」

2025年3月某日

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