№36 オラオラデ(若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』)

ねこプロ

少し前のこと。
「おらおらでひとりいぐも」

この作品で芥川賞作家となった若竹千佐子さん。
その半生をたどる番組を、NHKでやっていた。
ついつい通して最後まで見た。

若い頃の挫折。
家庭を得た安らぎ。文学への思い。
専業主婦として日々が過ぎていくことへの不満。物足りなさ。
子育てを終えた頃、夫の突然の死。
大きな喪失感。精神的な危機。
文章を書くことによる再生。
そして、成功。

私にも重なる部分がある。
参考にすべきと思いつつ、それ以上には何も思い浮かばず、一旦その番組のことは忘れていた。

暫くして。
休日の早朝。

迷い続けている早期退職のことを考えた。
決めなければ。
行ったり来たり、同じ事をぐるぐる考えていてはダメだ。
タイムリミット。

私の迷いは何なのか。
こういう場合、方法論としては、やはりメリットとデメリットの整理だろう。

まずは、デメリットから。

①職場への「義理」。
②本当に経済的にやって行けるのか。
③更には、新たな仕事に馴染めるか。

①について。
年度末の定期人事異動に合わせた退職なら、職場に迷惑をかけることはないはず。

現在の私のポジションだと、ほぼ二年で異動。
今の所属での役割は果たした。

今年度末が、変わり目となる。
逃すとまた二年、ローテーション上の責任が生じる。

そもそも私の年代は、人の層が厚い。
正直、代わりはいくらでもいるのだ。

残念に思ってくれる先輩や同僚、或いは後輩もいるとは思う。
しかしそれは、感傷なだけ、のはず。

②について。
この数日、経済面の不安がぶり返していた。
気になって、考え続けた。
出来る限り試算し、改めてエクセルの表に落としてみたりもした。

単年度の赤字は続きそう。
特に、来年一年がきつい。

長女の進学にも重なる。
加えて前年の収入をベースに計算される住民税などの負担が重い。

大雑把に試算してみると出てくる、必要額の大きさ。募る不安。

ただし、これは前々から分かっていたことでもある。
長男、二男が無事、就職した暁には、と狙っていたタイミングがいよいよ来たということなのだ。

この問題。
あれこれ考えた末、ようやく、ひとつの知恵に行き着いた。

年金が出る、65歳のタイミング。

そこまでたどり着いた後、再び収支がプラスになることを目標に、数年、やってみてはどうか。

これから挑戦する私なりの小さなビジネス。
到底、子供三人を育て上げるような規模感の収入にはなり得ない。
しかし、年金と合わせて、自分一人の生活なら、十分お釣りが来るはずだ。

そこまで貯蓄を崩し崩しやっていったとしても、65歳を境に、そこからはまた、右肩上がりが見えてくるような人生設計。
そう考えれば、活力も湧いてくるのではないか。

こうして②の問題は、ようやく自分の中で、腹落ちしたところ。

問題は③。
自分一人で独立してみようという私の作戦。
大丈夫なのか。
電話対応なども一人でこなせるのか。

思い出される、過去の対人的なトラブルの数々。
組織的なクッションが無くなって、本当にやっていけるのか。

しかし、振り返れば、日々のストレスの発生源は、圧倒的に組織内部、或いは関係者からのもの。
独立すると、寧ろ暫くは、電話自体が、中々かかってこない可能性の方が高い。

そもそも仕事の依頼の電話やメールが来ないことには、何も始まらないビジネス。
営業の電話ですら、人恋しく、ありがたく感じるようになる可能性すらある。

③の不安は、結局、自分に合わないようなら、その副業からは撤退するだけ。
その割り切りが肝心なのだろう。

メリットから見るとどうか。
ひとつひとつ、デメリットの裏返しでもある。

①拘束からの解放
②ストックの活用
③自己表現

①「拘束からの解放」について。
組織から離れることで、時間の使い方を含め、選択の自由が自分の手に戻ってくる。
何よりのメリット。

②「ストックの活用」について。
例えば、両親が残した郊外の家。
庭の草刈りや、掃除に追われながら、ずっと考えてきた。

古くなったとはいえ、せっかくの資産。
家にも意味を持たせてあげたい。

ビジネス上の事務所として、そのまま活用しようと思っている。

ストックとは、自分自身のスキルのことでもある。

以前、簿記も少しかじったことがある。
これからは会計処理も、自分でやってみようと思っている。

必要に迫られて、或いは資格を得ようと、身につけてきた小さなスキル。
行ったり来たりした私の人生。
その、ひとつひとつの局面に、出来る限り意味を持たせたい。

③「自己表現」について。
休日の朝、ふと目覚めた瞬間などに思うことがある。

文章が書きたい。
溜まった気持ちを簡潔に記したい。

我ながら不思議なことをやり始めたものだと思う。

こうして、ブログという公開の場で、自分の気持ちの深いところを見つめて、整理しようとしているのだから。

妻に先立たれた心の傷も、ようやく文章として変換する場所を得た。

組織の制約のない中で、他の人に迷惑をかけない範囲で、思ったことを素直に書いてみたい。
そのための時間も作りたい。

心の解放。
何より重要なメリットだと思う。

ぐるりと巡って若竹さんの番組が、思い出された。
若竹さんが、最後に言っていた言葉。

老いてこそ分かる事、知る事がある。
知る事は喜び。
だから、老いは喜び。

番組の最後のシーン。
69歳の若竹さんが、微かな笑顔で、道を一人ずんずんと歩いて行く。
とても早い足取りで。

自分を表現する場所を得た喜びに満ちている。

創作が評価され、褒められて、そのエネルギーが自分に還ってくる循環。

出来るなら、私もそういう装置を作りたい。

ここまでを、一言でまとめるならこの言葉だろう。
これからの自分を励ます言葉としてもピッタリだ。

「おら、おらで、ひとりいぐも」

(訳:私は私で、一人でやってみようと思っています。でも、時々は気にかけて、ブログを覗きにきてくださいね。)