休日の朝。
大学四年の二男が、6時前だというのに、何やらごそごそと身支度をはじめている。
普段は、午前中いっぱい寝ているくせに。
先般、ようやく就職の目処が付いた二男。
希望していた職場に滑り込めた様子。
自分で納得のいく結果であれば、それで何よりだ。
友達と、どこかへ遠出でもするのだろうか。
訊ねると、バイトをまた始めた、とのこと。
ただし一日限りの、いわゆる単発バイト。
先日も、帰りが遅い日があった。
市内のホテルの皿洗いのバイトだったらしい。
今日はN市まで行って、スーパーの品出しをする。
以前、長く続けた仕事と同じ。気楽である、との説明。
N市までは結構な距離がある。
元は取れるのか聞いてみると、交通費は300円だけだが、利益は出る計算とのこと。
暑かったこの夏も、ガソリン代節約のため、車のクーラーまで制限していた二男である。
よくよく比較検討してのことではあろう。
何より、気持ちは良く分かった。
就職試験からの開放感。
慣れた仕事。
普段行くことのない、数十キロ離れた小さな町へのドライブがてら。
二男は、数か月前、就職活動に専念するため、長く続けたバイトを一旦スッパリと辞めた。
前から計画していたことだという。
そのあたりは二男らしい。
割の良い、夜の時間帯のバイトでコツコツと貯めたお金。
卒業まで残す予定が、そこは狂って、尽きつつあるようだ。
二男は、亡くなった妻の特質を、濃く受け継いでいる。
我が道を行く、という感じが特に。
私と妻とは、価値観が共通している一方で、デコとボコが、上手い具合にずれている、という感じもあった。
ふとした拍子に、妻独特の感性が、思わぬ角度から飛んできて、一瞬びっくりとする。
しかし、直ぐにその意味するところは私にもピンときて、それも良いね、となったものだった。
妻は、自分に似ている二男を、その分、案じてもいたようだった。
自分で思う、自分の嫌な部分が、必要以上に目に付いたからではなかったか。
そんなふうに理解している。
病気が小康状態だった頃、妻が二男に、しつこく小言を言う姿を何度か見かけたことがあった。
さばさばとした性格の妻にしては、本当に珍しいことだった。
二男は覚えているのだろうか。
ずっと、少し気になっていた。
もし、嫌な記憶として残っているのなら、それは、お母さんの心配ゆえ、愛情ゆえのこと。
そう、受け止めて欲しい。
ある時、病室のベッドで、妻がこんなことを言っていた。
小学生の頃、皆からいじめられている友達がいた。
服が、とても臭かったから。
その子は、お母さんのいない子だった。
男親だけでは、行き届かなくなる部分。
どうか気をつけてほしい。
最後は涙で、妻の言葉は続かなくなっていた。
気丈な妻だった。
闘病期間中も、妻が涙を見せたのは、その時を含め、ほんの数回だけである。
どういう話しの流れだったか。
服の匂いに気をつけて欲しい、との話しは、特に二男に向けてのことだった。
妻へ。
二男のTシャツは、匂いをくんくんして、週の途中でも溜め込まず、早めに洗濯してきましたよ。
必ず、香りの良い柔軟剤も使って。
友達とも仲良くしている様子。
どうやら就職まで漕ぎ着けそうです。
だから、どうか安心してくださいね。
2024年8月某日