№29 バイトと洗濯(『柔軟剤』の香りに想う)

雑文

休日の朝。
大学四年の二男が、6時前だというのに、何やらごそごそと身支度をはじめている。
普段は、午前中いっぱい寝ているくせに。

先般、ようやく就職の目処が付いた二男。
希望していた職場に滑り込めた様子。
自分で納得のいく結果であれば、それで何よりだ。

友達と、どこかへ遠出でもするのだろうか。
訊ねると、バイトをまた始めた、とのこと。

ただし一日限りの、いわゆる単発バイト。
先日も、帰りが遅い日があった。
市内のホテルの皿洗いのバイトだったらしい。
今日はN市まで行って、スーパーの品出しをする。
以前、長く続けた仕事と同じ。気楽である、との説明。

N市までは結構な距離がある。
元は取れるのか聞いてみると、交通費は300円だけだが、利益は出る計算とのこと。

暑かったこの夏も、ガソリン代節約のため、車のクーラーまで制限していた二男である。
よくよく比較検討してのことではあろう。

何より、気持ちは良く分かった。

就職試験からの開放感。
慣れた仕事。
普段行くことのない、数十キロ離れた小さな町へのドライブがてら。

二男は、数か月前、就職活動に専念するため、長く続けたバイトを一旦スッパリと辞めた。
大分前から、計画していたという。
そのあたりは二男らしい。

割の良い、夜の時間帯のバイトでコツコツと貯めたお金。
卒業まで残す予定が、そこは狂って、尽きつつあるようだ。

二男は、亡くなった妻の特質を、濃く受け継いでいる。
我が道を行く、という感じが特に。

私と妻とは、価値観が共通している一方で、デコとボコが、上手い具合にずれている、というような感じもあった。

ふとした拍子に、妻独特の感性が、思わぬ角度から飛んできて、一瞬びっくりとする。
しかし、直ぐにその意味するところは私にもピンときて、それも良いね、となったものだった。

妻は、自分に似ている二男を、その分、案じてもいたようだった。

自分で思う、自分の嫌な部分が、必要以上に目に付いたからではなかったか。
そう思っている。

病気が小康状態だった頃、妻が二男に、しつこく小言を言う姿を何度か見かけたことがあった。

さばさばとした正確の妻にしては、本当に珍しいことだった。

二男は覚えているのだろうか。

ずっと、少し気になっていた。
もし、嫌な記憶として残っているのなら、それは、お母さんの心配ゆえ、愛情ゆえのこと。
そう、受け止めて欲しい。

ある時、病室のベッドで、妻がこんなことを言っていた。

小学生の頃、皆からいじめられている友達がいた。
服が、とても臭かったから。
その子は、お母さんのいない子だった。
男親だけでは、行き届かなくなる部分。
どうか気をつけてほしい。

最後は涙で、妻の言葉は続かなくなっていた。

気丈な妻だった。
闘病期間中も、妻が涙を見せたのは、その時を含め、ほんの数回だけである。

どういう話しの流れだったか、服の匂いを気をつけて欲しい、との話しは、特に二男に向けてのことだった。

妻へ。

二男のTシャツは、匂いをくんくんして、週の途中でも溜め込まず、早めに洗濯してきましたよ。

必ず、香りの良い柔軟剤も使って。

友達とも仲良くしている様子。
どうやら就職まで漕ぎ着けそうです。
だから、どうか安心してくださいね。

2024年9月某日