むかし梶井基次郎の文章が頭から離れなかった時期がある。
短編の「檸檬」に、少しかぶれていたと言ったほうがよいかもしれない。
何かにつけ、その空気感を思い出し、浸っていることがあった。
一つ思い出がある。
二度目の大学受験も思うようにいかず、浪人二年目となっていた夏のことだった。
当時私は、親元を離れ、S市で下宿から予備校に通っていた。
二年目からの下宿は、同じく二浪目に突入した高校からの悪友が、一緒に入ろうと見つけてきてくれたものだった。
校外の住宅街にある、家族で営む、古い大きな旧家を活かした大学浪人生向けの下宿。
不思議な作りで、家族が暮らす母屋の他に、広い庭に三棟の離れがあった。
母屋も含め、全て平屋。
離れには、それぞれトイレだけが付いていた。
私を含め、下宿人は全部で6人。
朝夕、食事を共にする中で、自然と仲良くなった。
その街では、中心部の公園で、毎年夏祭りが開かれていた。
今日だけは、と皆んなで、夕方出かけることになった。
屋台は出ていて、それなりに人も多かった。
活気はある。
しかし、目的の花火は、その日はやっていなかった。
背伸びして買ってみた缶ビールも苦いだけ。
もしメンバーの中に女の子でもいれば、また少し違ったのかもしれない。
思った程には、何も楽しさはなかった。
程なく、下宿へ向かって戻ることになった。
物足りなさもあった。
途中、普段からよく利用しているショッピングセンターへ、皆んなで立ち寄る。
後は部屋に戻って勉強である。
それぞれ飲み物などを買う必要もあった。
その店には、出入り口の直ぐ横に、風船の自動販売機が設置されていた。
以前から気になっていた。
チャンスがあれば、やってみたいと思っていたことがあった。
皆んなに宣言して、お金を投入する。
派手な音がして、機械の中の風船が膨らみ始める。
選んだ色は、もちろん黄色。
ひとつ年下の子達は気を遣って、私達二人に対して、敬語を使ってくれていた。
まーた、Kさん、そんなもの買ってどうすんの、と一人が明るく突っ込みを入れてくれる。
ヘリウムガスで浮かぶ、黄色い風船。
その紐を握る私。
その絵面が、ちょっとだけウケる。
まあまあ、と多くは語らず、皆んなを促して、暗くなった店の外へと出る。
すぐ前の広場。
夜空に向けて、私は、静かに風船の紐をはなした。
黄色の選択がよかった。
街明かりを反射して、思いのほか夜空に際立つ。
風もない。
風船は、静かに上へ上へと昇っていった。
何となく黙って、皆んな、深い紫色の空に吸い込まれていく黄色い点を見上げていた。
見えなくなるまで。
この話しには、続きがある。
その夜、一応勉強し、布団に入り、寝付く前のこと。
「檸檬」に模して、前からやりたかったことが出来たのだ。
若干の満足感とともに、空に昇っていく風船のことを思い出していた。
そのうちふと、想像の中で、視点が風船の側に切り替わった。
布団の中で、不意に涙が溢れた。
風船を見上げる私達。
ドラマのよう。そこまでは良い。
目線が風船であるから、我々は段々小さくなっていく。
やがてショッピングセンターの灯りに飲み込まれる。
そして街灯りの点に過ぎなくなる。
そうか、こうして四畳半の布団の上で、私が、例えば苦しさに1mのたうち回ろうとも、空から見れば何も判別できない程の誤差なのか。
何という、ちっぽけさ。
そこに、急に気付いてしまった。
何かの本質に、いきなりたどり着いたような感覚。
「檸檬」にかこつけた、気の利いたことをしていると思っている私。
しかし、それは、ちょっと引きの映像になっただけで、途端に光の点に飲み込まれてしまう、どうしようもなく小さな存在に過ぎないのだ。
浪人しても、思い通りの結果にたどり着けるほうが少ない。
やがて、卒業式などない浪人生の一年も、終盤となった。
冬を越え、私も含め、皆んな苦戦していた。
追加募集なども続くなか、引っ越す時点では、次をどうするか明確に決まらないまま、一旦、実家に向けて荷物を送るパターンが殆どだった。
ばらばらのタイミングで、皆、下宿を後にしていった。
そんな調子で、散り散りとなった。
その後、連絡を取り合うということもなかった。
文学青年もどきは、私くらいだったから、風船を飛ばした時も「檸檬」の説明はしなかった。
思い出してくれることも、あるのだろうか。
彼らにとって、いったい、どんな思い出となっているのだろうか。
もう少し、梶井基次郎の説明だけでもすれば良かったかもしれない。
梶井が悪戯して、丸善の店先に広げた絵画集の上に置いた黄色いレモン。
それに対比するつもりで、私が夜空に飛ばした、黄色い風船。
その夜、風船からの目線に思い至り、つくづく自分の身の丈ということを考えた私。
思えば、そうして私の「檸檬」かぶれも終わりに向かった。
こだわりを捨てきれず、浪人を続ける自分を変える必要のあるタイミングだったのだと思う。
諦めて、妥協して、前に進まなければならないタイミング。
そうした気付きを、受け入れるべき潮時。
その時は、確かに必要なことだった。
しかし、長い歳月を経て、今、改めて思う。
そろそろ風船を眺める方の、自分の目線へ、また、素直に戻ってきてもよいのではないか。
悠々と空に昇っていく風船を眺めて、単純に、面白さを味わう、自分自身の目線に。
いつまでも、無理矢理、社会の側から自分を見つめ続ける必要はない。
社会の側から自分を測り、幸せの身の丈はこの程度と、窮屈に閉じ込めようとするフェイズ。
それは、そろそろ終わりで良い。
長い長い周回遅れで見上げる記憶の中で、黄色い風船は、今また輝こうとしてるのだ。
2024年9月某日